Monthly Archives: 5月 2014

5/24(土)立川流創立三十周年記念落語会(国立演芸場)鑑賞 「のっぺらぼう」「薮入り」その他

(承前)

204235589_org.v1401035137
 中入り後はまず口上から。
 後ろの「待ってました」氏が「俺、落語の口上聞くの初めて」と呟いている。そうそう、これが楽しみなものなんです。

 幕が上がると左から、談四楼、志の輔、晴の輔、里う馬の順に平伏している。顔を上げて談四楼が進行役を務めると告げ、立川流代表の里う馬に振る。里う馬曰く、「晴の輔は志の輔一門の取扱説明書」。晴の輔以前にも兄弟子はいたのだが、みんな地雷を踏んで辞めさせられてしまった。それだけ師匠が芸に厳しいということであるが、ようやく一人真打が出たわけで、以降の弟子は晴の輔という取扱説明書があるので、地雷を踏まずに済むという。次いで師匠の志の輔が、思い起こせば23年前、この同じ国立演芸場で自分も談志に口上を述べてもらった、と語った。

「(談志の真似で)うー、弟子はオレの悪口を言って受けようとするでしょう。言ってればいいんです。でも師匠の話をしているようじゃ(芸人としては)まだまだだ」

 昇進と同時に師匠の悪口を言うのも釘を刺されてしまったんです、と〆て観客を笑わせた。

 再開後の初めは談四楼である。今日はめでたい日なので、初めがあって終わりのない噺をする、と談四楼。「あたくしがもうこの場を支配しております。あたくしが止めなければいつまでも次の演者は上がることができない。それこそ一晩でも二晩でも……」でも体がもたない、と言って噺に。小間物屋の吉兵衛という人が碁のために夜遅くなり、橋の上で身投げをしようとしている若い娘を助ける、という出だしだ。捕まえて訳を聞こうとすると、娘が突然顔を見せ「おじさん、こんなあたしでも助けてくれますか」と言う。見れば鼻も口も目もないのっぺらぼうだ。悲鳴を上げて駆け出した吉兵衛は夜鳴きそばの屋台に駆け込むのだが、そこのおやじも様子が変で、という風に噺が展開していく。まさにネバーエンディングストーリーというやつで、まだ先があるのか、これでもまだ終わらないのか、というように観客はだんだん噺に引きずりこまれていく。展開で惹きつける噺であり、これは珍しいものを聴かせてもらったと得をした気分が残った。文句なしにこの日いちばんの収穫である。

 続いて里う馬。転宅した兄貴に何か引っ越し祝いを買おう、ということで弟分二人が連れ立っていくが、先立つものがないために怪しいものを買う羽目になる、という噺。祝い事という意味ではめでたいのだが、やや下がかった笑わせるネタだ。この次に柳家小菊の俗曲を挟んで、いよいよ新真打ちの登場となった。

 晴の輔はまず、自分の独演会のお客様から「どうやったらこの会のチケットが手に入るのかわからない」と聞かれた、という話題を振った。前述したとおり、ほぼ瞬殺だったのである。あたしがどうやったら手に入るのか聞きたい、とこぼした後で観客席に向かい「みなさんどうやって手に入れたんですか。もしかすると国立劇場の関係者の方ですか」「たぶん今日始めて私の顔を見た、という人たくさんいますよね」と自虐ネタでまず笑わせた。
 枕は自分の高校時代が寮生活でいかにすごかったか、という話になり、そこから薮入りの話題に移る。昔の商家では9、10歳ぐらいの子供を奉公にとっていた。里心をつけさせないために3年間は薮入りという宿下がりの休みも与えなかったのである。この噺は長屋の熊さん夫婦が、初めての薮入りで帰ってくる息子亀ちゃんを待つ前夜の風景から始まる。早く息子が帰ってこないかと苛立つ熊さんは「おっかあ今何時だ(まだ午前一時である)」「昨日は今時分に夜が明けたな」「おまえちょっと時計の針を二回りぐらい進めてみな」とせわしなく、女房を寝かせないのである。
 夜が明けるといよいよ亀ちゃんが帰ってくる。いざ息子を目の前にして視線を合わせることもできない熊さんの挙動不審なところが観客の涙を誘う。親子の情愛を描いたいい噺だ。晴の輔は見た目が明るくすっきりとした顔立ちだということもあり、亀ちゃんが非常に可愛らしく感じられた。これは大きな武器である。この熊さんは乱暴者という設定なのだが、これはどちらかというと晴の輔の印象とは少し異なる(晴の輔、いい男なんだもの)。この噺だとどうしても先代金馬(映像が残っている)を思い浮かべてしまうのだが、がさつな中年男が不器用に愛情を示す演技が非常に印象深かった。晴の輔は晴の輔で、自分に合った熊の人物像をこれから作っていくのだろう。立川流三人目の孫弟子の真打である。楽しみに見守っていきたい。

5/24(土)立川流創立三十周年記念落語会(国立演芸場)鑑賞 中入りまで

204235589_org.v1401035137
5月23~25日の3日連続で落語会であったのだが、予約開始の日にうっかりしていたら1時間で終了してしまっていた。いわゆる四天王が、23日に談春、24日に志の輔、25日に志らく・談笑と3日に分かれて出演する配慮もあったのだが、結果は瞬殺である。まあ、独演会のチケットが取りにくい面々なので、当然の結果ではある。諦めていたのだが、某所で24日の席だけ確保できたのでありがたく参上した。
 当日の演目は以下のとおり。

 開口一番 志の太郎 子ほめ
 志の彦 元犬
 志の春 錦の袈裟
 雲水 動物園
 志の輔 親の顔

 中入り

 立川志の吉改め初代立川晴の輔真打昇進披露口上 里う馬/談四楼(進行)/志の輔/晴の輔

 談四楼 のっぺらぼう
 土橋亭里う馬 家見舞(肥瓶)
 柳家小菊 俗謡
 主任 晴の輔 薮入り

 前半の番組は志の輔一門会の様相であった。志の彦はこの四月に二つ目に昇進したばかりで、その話題を餌にいくつかオリジナルのギャグで笑わせた。「元犬」は願掛けをして人間になった犬が主人公の噺だ。彼が羽織を着たことがないというのを聴いた口入屋の主人が「羽織を着たことがないって前座さんだったんだね」と呟いたのが可笑しかった(落語界の掟により前座時代は羽織着用を許されない)。

 志の春はイェール大学を卒業して三井物産に入社するも、辞めて志の輔に弟子入りしたという異色の経歴を持つ落語家で、先日『誰でも笑える英語落語 Rakugo in English』(新潮社)という本を上梓した。「錦の袈裟」は与太郎が自分の家に入っていくときに「ごめんください」、よそにお邪魔するときに「ただいま」と言ってしまう癖があるのを上手くギャグとして転がしていた。もう一つ、与太郎が「俺普通じゃないから」と行って女房に「あ、お前さんわかってるんだね」と受けるところがあり、そこも笑えた。女房持ちの与太郎というのは珍しいのだが、おかみさんから見た与太郎像が軽く描かれているのもいいところ。たいへん楽しめたのだが、気になったことが二つ。吉原の女性を指して「女の子たち」と呼ぶのは一般的な用語なのだろうか。なんとなく私は違和感を覚えた。もう一つは台詞に合わせて志の春が小刻みに揺れていたことで、この人の癖なのかはもう少し見てみないとわからない。こういう噺だとリズムに合っていて、いいはいいんですけどね。

 雲水「動物園」は東京で言うところの「ライオン」か。まず「おめでたい日なので私の持ちネタでも最もおめでたい、失業者の噺をやります」と宣言して客を笑わせた。無職で、なんのとりえもなく、勤労意欲もない男が、急死した虎の皮をかぶって代役を務めるという噺だ(雲水の「積極的にやる気がない男」の演技は非常にいいと思う)。途中で動物園の園長が男に虎の歩き方の指導をする場面があり、この日初めて噺の最中に拍手が起きた。たしかに雰囲気がよく出ている。

 その次に志の輔。後ろに座っていた初老の男性が「待ってました」と呟いた。さすがの人気者であり、観客が志の輔の一挙一動に注目しているのがよくわかる。ひさしぶりに生で聞いた志の輔の肉声は、六十代の談志さながらの渋さであった。前屈みの気だるい感じといい、噺が始まったときは大丈夫なのか、と思うほどの疲れぶりに見えたのだが次第に引き込まれていく。「親の顔」は倅がテストでひどい点をとったために親が呼び出されて先生と面談することになる、という噺だが、よくtwitterなどで画像がまわってくる「これ正解でもいいんじゃない」というような珍解答集の趣きがあっておおいに笑った。さほど大きな噺でもないと思うのだが、十分に観客を楽しませて中入り。

(つづく)

5/17(土)立川談幸独演会(町屋)鑑賞 その2「品川心中」

10264432_384453125026532_7147014608484083375_n
(承前)

 中入りを挟んで再開。本日の目玉は大ネタの「品川心中」、それも上下通しの長講である。
 品川宿は東海道の1番目で、交通の要衝として発展したが、利用する中には遊興目的の者も多かった。江戸時代は吉原のみが公娼を置くことが許された場所だったが、もちろん私娼窟も多かった。そのうちの一つが、キタの吉原に対してミナミと呼ばれる品川である。品川を舞台にした落語には「居残り左平次」と「品川心中」という2つの大ネタがあるが、両方ともが女郎買いを題材にした廓噺だ。

「品川心中」の中心人物は白木屋のお染という女性である。かつてはその店で頂点を極めたことがあるが(吉原ではこれを「お職を張る」というが、品川では「板頭」と呼んだという)、寄る年波には勝てず、若い者にその座を明け渡している。女郎の世界では、地位が高くなるとそれだけ要り費もかかる。紋日には下の者にこづかいをやったりして散財しなければ格好がつかないのだ。迫り来る移り替えの日に40両というまとまった金をこしらえなければならないのに、それができずにお染は悩む。そして、恥をかくぐらいならいっそのこと死んでしまおう、追いつめられての犬死だと後ろ指をさされるのは嫌だから誰かを道連れにして心中しよう、と思い定めるのである。客のリストを物色した結果、見事指名を受けたのが、独り者で死んだところで誰一人悲しむ者もない、貸本屋の金蔵という男だった。

「上」では、お染が金蔵を呼び出し、心中を仕掛けるところまでを描く。お染の手管に骨抜きにされた金蔵が、その気になって登楼したものの、いざ死ぬ段になって尻込みを始め、なんだかんだ言って日延べしようとするあたりが最高の聞かせどころだろう。品川の海に身投げをしようということに相談がまとまるのだが、ハプニングがあって金蔵は一人で飛び込まされ、お染は店に引き揚げてしまう。幸い遠浅の海で命は助かった。ずたぼろの姿になって金蔵は世話になっている親分の家に転がりこむが、今まさにご開帳のさなかで、手入れだ、と勘違いした男たちがこけつまろびつして慌てる、というドタバタを描いて「上」はまず一巻の終わりである。

 ここまでの展開は実に密度が高く、素敵なフレーズもふんだんに散りばめられている。この日の談幸も客の期待を裏切らず、それらの名フレーズをたっぷりと披露してくれた。
 前後のつながりをあえて入れずに書くが、

「手付けに目でも回そうか」

「金蔵です。そこにあるのは雑巾です」

「霜焼けの治療をしてるんじゃないよ」

 などなど。
 私は貸本屋の金蔵と、「酢豆腐」「蛙茶番」などに登場する建具屋の半公を、落語界の二大もてないキャラクターだと思っている。後者は「自分は本当はもてる(明日から本気出す)」と勘違いしているもてないキャラで、金蔵は「自分がもてることなど一生ないと薄々感づいている」男である。落語界には「熊」や「隠居」のように記号化され、固有名詞の意味が失ったキャラクターがたくさん在籍しているが、この二人にはきちんと「金蔵」「半公」という顔がある。金蔵の名前を聞くと私は反射的に桜金蔵の顔を思い浮かべてしまうのだが、それも彼に「貸本屋の金蔵」という固有のキャラクターがあるからだろう。

 話を元に戻すと、「品川心中」を「もてない男が悪女に騙される」噺だとすれば、「上」ですべては完結しているのである。もてない人生に一度だけ花が咲いたかと思ったら、純情を虚仮にされ、あまつさえ命まで落としかけた。完璧である。だから「上」だけで演者は切って「下」をやらないのだ。
「品川心中」の「下」では、親分に入れ知恵をされた金蔵が再び白木屋に赴き、一芝居をうってお染をはめる。そして最終的には坊主にしてしまうのだ。「坊主になればしばらく客も取れまい」と溜飲を下げるのだが、なんだかこの展開、すっきりしないものが残る。これは現代人と近代・近世のそれのセンスの違いというもので、そもそも女郎という恵まれない境遇にいるお染が、いくら非情なことをしたからといって坊主にされてしまう、というところに後味の悪さが残るのだ。金蔵から見ればいい仕返しとなるだろうが、騙し騙されの世界においては、この行為は野暮というしかないだろう。

 立川志らくは金蔵の演出をつきつめることでこの矛盾を解決しようとしている。観客を彼に同化させた上で、最後の最後に非情になりきれず、もう一度お染にころっと騙される金蔵を描くのである。
 それは一つの解だと思う。ただ私は、この落語はお染の視点から見るべき噺ではないかと考えるのである。お染は女郎で、男に身を売らなければ生きていけない屈辱的な人生を送っている。その中で加齢という問題まで持ち上がってくる。自分の身体にまで裏切られる状況にあり、おそらくは鬱屈の中に生きているはずなのである。おそらくは破滅の影も脳裏にちらついていることだろう。金が稼げなくなった女郎の末路は悲惨なものだ。だからこそ彼女は開き直るのである。生き残るためにはなんでもしてやろう、男だってもっと騙してやろう、と。その結果として選んだ戦略が貸本屋の金蔵という、いかにも男で、嫌悪の対象でしかない相手だ。それはもう、海にだって突き落とそうというものである。

 この日の「品川心中」でよかったのは、談幸がお染を思い切り上調子で、善意のかけらもない女性として描いたことである。「下」で金蔵が幽霊に扮して現れると、「心配したの。あたしが『死なないで金さん』と願ったからきっと甦ったのよ。生き返ったのはあたしのおかげよ」とまで言い切る。このふてぶてしさ。そこに焦点を当てて演じたからこそ、後味の悪さが残らなかったのではないか。「騙された男」から「騙す女」の噺へ。そういう転換をすることによって「品川心中」は現代版にリニューアルできるのではないか、という思いを新たにした。もしかするとこの噺、女性が演じたら化けるのかもしれない。

 談幸はいつもの出囃子ではなく、「品川甚句」を唄わせながら高座に上がった。「船はでてゆく煙が残る。残る煙が癪の種」との粋な文句が噺には似つかわしく、まことに満足した高座であった。

5/17(土)立川談幸独演会(町屋)鑑賞 その1「千両みかん」

10264432_384453125026532_7147014608484083375_n開口一番(幸之進) 寄合酒
吉幸 子ほめ
談幸 千両みかん

 中入り

談幸 品川心中

 昨年、気がついたらもう終わっていて悔しい思いをした立川談幸独演会に行ってきた。談幸には『談志狂時代(1・2)』、『談志の忘れもの』(すべてうなぎ書房)という著書がある。立川談志に唯一内弟子に入ることを許された「完璧な前座時代」を送った落語家だ。初めて聞いた噺はたしか「紙入れ」だと記憶しているが、基本に忠実に飄々と演じていた。油断していると突然オチを変えてきたりするので、心地よい驚きを味わうこともある。その日の「紙入れ」もそうで、意表をつかれたところでひょいと引っ込んでいった。

 本日の落語は二席。
 まず千両みかんだが、大家の跡取り息子が夏のさなかにわずらいついてしまい、旦那に命じられた番頭が、そのために奔走するという噺である。医者の見立てでは、どうやら病は身体ではなく心に原因があるという。幼いころから若旦那の遊び相手になって心の知れた存在である番頭ならば、親に言えないことも話すことがあるだろう。ということで枕頭に赴いた番頭は彼から意外な事実を聞く。突如みかんが食べたくなり、それを思ううちに患いついてしまったというのである(みかんではなく若い娘に恋わずらいをしたのだと番頭が勘違いする、というくだりがあるのだが、談幸はさらりと品よく演じていた)。
 
 なんだ、みかん如きならすぐお持ちします、と請合った番頭であったが盛夏のことである。冷蔵庫のある時代ではないので、もちろんみかんなぞどこの青物屋に行っても見つかるわけがない。戻って報告すると旦那から、安請け合いをしておいて見つかりませんでは済まない、落胆して倅が命を落としたらどうしてくれる、そうなったらおまえは主殺しの大罪で、市中引き廻しの上ではりつけだ、と脅された。泣く泣く番頭は、江戸中を歩いてみかんを探すことになる。

 若旦那の病を治すために江戸中を歩き回る、という展開は「崇徳院」と同じだが、対象が「みかん」とばかばかしいところがいい。途中で番頭が、はりつけを見にいったことのある人の話を聞いて卒倒する場面があり、ここなどは作中作の趣きもある。オチは有名で、資本主義経済の縮図としかいいようがない代物である。これと、「かぼちゃ屋」の与太郎の「売るやつは利口で買うやつは馬鹿だ」という台詞とは一直線に並んでいる。さながら奇譚小説のようなオチなのだが、こればかりは演者を見ながらではないとおもしろくなく、台詞だけ聞いてもあまり感銘を受けることはないだろうと思う。それまでの展開で金の力をさんざん見せ付けられた番頭は、その力の一部を自分が分け与えられることになり、突然のことで錯乱する。暑い中、江戸中を駆けずりまわり、はりつけに目を回したあとゆえの忘我なのである。その思いが一点に集中した瞬間を見せて、すとんと落とす。この日の談幸もよい出来でございました。

(その2につづく)

第一回深夜寄席の裏側(終) および「ねずみ穴」のこと

(承前)

 十分程度の仲入りをとり、再び談四楼さんが高座へ。
 仲入りは観客にとっては休憩時間であるが、演者にとってはそうではない。次の噺に合わせて着替えをするからである(着替えをしない演者もいるとは思うが、独演会で二席務めて仲入りをとる場合、ほとんどの落語家は着物を替える。羽織着流しから袴姿になるなど、噺に合った着物を選ぶのだ)。前回書いたように枕でも噺の見当はつけられるが、どんな着物を選ぶかでも選択肢は絞られてくる。浅黄色のような明るい色でお侍の出てくる噺はやらないものだからだ。うちの寄席に初めて足を運んでいただくお客様がもしいたら、その点にも着目してご覧になってください。

 枕を振って噺に入る。着物の様子から滑稽噺ではないのだろう、という見当はつくのだが、何しろさきほどが「らくだ」という大ネタだったので、なかなか予想ができない。そのうちに談四楼さんが「近頃は江戸っ子にもいろいろありまして」と鄙と都会の違いについて話し始めた。真ん前の席に座っていたSが、あっという顔になったのがわかる。Sは私の高校時代の友人で、地方に赴任していたのにはるばる来てくれたのだ。
 わかる、わかるぞ、その気持ち。
 その着物で二席目の大ネタ、しかも田舎の枕とくればそれしかない。「ねずみ穴」だ。
「らくだ」のあとに「ねずみ穴」とは、なんという大盤振る舞い。今日来てくださったお客様への大サービスだ。談四楼さんの意気込みを感じ、これはじっくり聞かねばと下足番の私も居ずまいを正す。

 落語には大別すると滑稽噺と人情噺の二つがあり、前者には筋といっていいほどの筋がなく、雰囲気を盛り上げるための会話やギャグの連なりだけで主要部分が構成されている。人情噺には比較的筋といえるものがあるのだが、それも短編小説のような完成度を持っているかというとそうではない。演者の自由になる部分が多いからだ。骨組みだけのストーリーに魂を吹き込むのは、演者の役割なのである。
「ねずみ穴」は特に演者の力量を要求される噺の一つで、序破急の中盤の計算を誤るととんでもない凡作になってしまう。観客が息もできないぐらいに緊張感を高めておき、一気に終盤になだれ込んでいく必要がある。そのための気力が必要で、午前二時半という時間に楽にやれる噺ではないのである。たしか談四楼さん自身も、まだ高校生のころに地元群馬にやってきた男子の「ねずみ穴」を聴き、弟子入りを決意したのではなかったか。そういう落語家は立川流の他にもいる。下手をすると他人の人生を変えてしまいかねないくらいの噺なのである。

 物語の主人公は竹次郎という男だ。父親が亡くなり、彼は兄とともに遺産、そのころであるから田畑の分与を受けた。目端の利く男だったのだろう、兄は自分の分け前を売払い、江戸に出て商いで一家を成した。豪商となったのである。しかし竹次郎は駄目だった。自分を見失って茶屋酒に溺れ、気づいたときにはすべてを失っていたのである。
 すっかり尾羽打ち枯らして竹次郎は江戸に出てきた。兄の店を訪ね、一介の奉公人として雇ってくれと懇願するが、兄はやんわりとこれを拒絶する。奉公をするよりもむしろ自分で商いをしてみないか、元手は自分が貸してもいい、と言うのだ。
 なにがしかの金を渡され、竹次郎は頭を畳にすりつけるようにしてそれを押し頂く。しかし店を出てから観てみると、わずか三文を渡されただけであった。非情な兄の仕打ちに激怒する竹次郎であったが、何を思ったか、それを発条とするかのようにして、ある行動に出るのであった。

 ここまでが序盤の展開。やがて竹次郎は自らの力でどん底から這い上がり、自分でも商家を構えるほどに出世する。そして、ひさびさに兄の下へとやって来るのである。その後の展開を書くことは控えておこう。序・破・急のめりはりがここまではっきりした噺は珍しいとだけ書いておく。

 観客は竹次郎の喜怒哀楽の感情すべてを見ることになる。その感情の波にどこまで乗せられるかが演者の力である。どん底といえばこれほどのどん底を主人公が味わう噺も珍しいだろう。ここまでの苦渋を味わわされることが人にはあるのか、と観客は思うはずだ。それだから感情表現には細心の注意が必要なのである。そして、竹次郎の相手をする兄の演出がこれまた難しい。

 この日の談四楼さんの高座は素晴らしいものであった。たとえ筋を最後まで知っていたとしても、観客はその感情の波に飲まれ、我を忘れたはずである。終演後には文字通り割れんばかりの拍手があった。

 すべてが終わって打ち上げ。光栄にも乾杯の挨拶をするように命じられたが、泡を食ってろくなことがいえなかった。一人ひとりお客様の下を周って挨拶申し上げたが、どの程度顔を覚えてもらえたものか。午前五時をだいぶ回ったところでお開き。談四楼さんはその後もはしごをされ、ちょうど開催日だった東京マラソンの交通規制にひっかかりそうになるころになってようやく引き揚げられたそうだ。どれだけ強いのだか。

第一回深夜寄席の裏側(その3) そして「らくだ」のこと

(前回)

 うっかりして第一回深夜寄席の報告三回目を書き忘れていた。

 そんなこんなで談四楼さんをお迎えしたのが本番の一時間前、初めての場所での高座ということでやはり緊張されているのか、見たことがない厳しい顔をしておられた。高座は絶対に見せない顔だろうと思う。着替えをされる前に楽屋にお邪魔し、今後のスケジュールについてご相談申し上げる。

 次第にお客さんもいらっしゃって、席が埋まっていく。掘りごたつ式の座席が、高座に向かって四列あるのだが、中央の二列は少し体を曲げて高座のほうを振り向いていただくことになる。そこはちょっと改善の余地ありかな、と客席の様子を見ていて思った。

 イダさんが打ち上げの支度をしながら、新しい仕事に対応する。CDで受け取ったお囃子をお店の音響装置で鳴らさないといけないので、曲順を覚えなければいけないのである。私は下駄箱の前に陣取って、お客さんを迎えるのと、客席からなにかご要望があれば応えるための受付係り。イダさんの助手のイハラさんが、カメラを準備する。

 午前一時、開演。開口一番は談四楼さんのお弟子さんで寸志さん。演目は「間抜け泥」である。

 そしていよいよ談四楼さんが高座に上がられる。こんな深夜に落語のために集まってくださった酔狂なお客さんを労うくすぐりを入れたあとに、「早いところ落語を済ませて打ち上げを」と笑わせ、そこからもっぱら酒の話題に入る。談四楼さんは枕を変幻自在に操られるので、まだ確実ではないが、おそらく酒の噺なのだろうな、と見当がついた。

 落語ファンの方には釈迦に説法であろうが、この枕からそのあとの噺が何であるかを想像するのも聴き手の楽しみなのである。本来の落語は枕の小噺が固定されていて、たとえば荷売り商人の売り声に関する小噺を振ればその後に来るのは「かぼちゃ屋」や「豆屋」といった具合に、対応ができていた。昭和30年代になって立川談志が時事漫談を話すようになり、そこから落語家が独自の枕を振るようになったのである。そのルーツはおそらく古今亭志ん生だと思う。志ん生も当時としては滅茶苦茶な枕を振っていて、「枕なんてものは抜け裏を抜けるようなもので、あっち行ったりこっち行ったりしているうちにそのうち噺にたどり着く」という趣旨の発言をしている。談志はそれを見習ったのではないか。

 酒の話題の周りをぐるぐるしていた談四楼さんが、すっと「らくだ」に入った。おお、なるほど。「らくだ」はもちろん立川談志の十八番である。戦後で初めて「らくだ」を得意ネタにしたのは先代の三笑亭可楽だと思う。可楽の「らくだ」は省略がすごく、冒頭、訪ねてきた兄貴分の丁の目の半次が、河豚にあたって死んだらくらこと馬さんの死体を見つけるところをこう演じる。記憶で書くので台詞はちょっとあやふやだ。

半 馬、起きねえ! (死体を見下ろし)……野郎めえってやがるな。ゆんべの湯の帰りに河豚をぶらさげてやがって、そんなものをやったら当たるぞ、と言ったんだが、あれでいっちまったんだな。可哀想に、体の色が変わってるじゃねえか。それにしても困ったもんだな。野郎、あっちのほうが年上だってのに俺を兄ィ、兄ィと言いやがる。兄貴分らしく、弔ぇの真似事ぐらいはしてやりたいものだが、ここんとこやられちまってからっけつと来てやがる。
屑屋 (往来を通りかかる)屑ぅうぃ……。

 とここまでが一息なのである。可楽以外の落語家はもう少し長く演じるが、可楽はこの調子で言葉をどんどん省いていくので、らくだ全編が二十分強しかかからない。

 このあと、呼び止められた屑屋はらくだの家の中のものをなんでもいいから買えと言われて、商いにできるようなものは何もないと断る。しかし半次は屑屋の商売道具を取り上げ、長屋中をまわって香典を集め、大家に弔い酒と精進落としの料理を持ってくるように交渉しろと命じるのだ。そこから屑屋の災難が始まる。半次に脅されて交渉役を務め、さんざんな目に遭わされるのだ(言うことを聞かない大家を懲らしめるために、らくだの死骸にかんかんのうを踊らせる、と半次が言い出せば、それを背負う役目までまわってくる)。その右往左往ぶりが可笑しく、ここが第一の聞き所。
 ようやく一段落した後、らくだの家に大家から酒肴が届く(かんかんのうが怖かったのだ)。死骸を背負った後じゃあ商売にも行かれないだろうから酒で清めていけ、と半次は屑屋に無理やり三杯飲ませる。しかし屑屋は酒乱だったのだ。途端に気が大きくなり、腰を据えて飲み始めてしまう。半次が酒を注ぐのが遅れれば逆に怒鳴りつけるありさまだ。こうして半次との立場が逆転してからが第二の聞き所。談志はここで、屑屋を荒ぶらせるだけではなく、自身がらくだにされた仕打ちを思い出して泣くという演出にした。喜怒哀楽、すべての感情が噴出してしまい、わけがわからなくなっている状態を出現させたのである。その複雑さが、談志のらくだの魅力だ。また、「雨の中のらくだ」というオリジナルの回想場面も生まれた。

 談四楼さんの「らくだ」は、半次の無法ぶりにも特色がある。眼技を効かせて凄む様は、アウトローすれすれのところで生きている人間ならではの風情があって、怖い。だから屑屋は怯えるのだ。半次への恐怖で小心者がさらに怯みあがっているところが強調されるのが良く、談四楼さんの体の周りに漫画でよくある「~~~」という波線が浮かんでいるようにさえ見える。そうやってすくんでいるからこそ、酒が入って自身を解放した後が爆発したように感じられるのだ。そのメリハリが素晴らしく、魅了された。

「らくだ」終演。ここで仲入りである。

(つづく)

立川流日暮里寄席・五月

203240573_624.v1399553510

 連休明けであれやこれやしていたのですが、立川談四楼さんが中トリ、談慶さんがトリということなので仕事を仲入りにして日暮里サニーホールに駆けつけました。

本日の演目は以下の通り(これより敬称略)。

開口一番 寸志 金明竹
里う馬 十徳
談奈 勘定板
吉笑 舌打たず
談四楼 権助魚

仲入り

三四楼 ちりとてちん
左談次 宗論
談慶 井戸の茶碗

 ぱっと見てすぐわかるのは、立川流代表である土橋亭里う馬が前座の次という浅い上がりになっているのは異常事態だということです。このあとで用事があるとかで、吉笑と出番を交換してもらったのだとか。そういえば数日前、こんなツイートがありました。

 吉笑の枕によれば、携帯電話に知らない番号から着信があって、相手の言葉がよく聞き取れず「リカ」からの電話だと思い込んだのだとか。それ、故・談志だったらえらいことになってましたね。
 里う馬の次に上がった談奈は、五年前その談志が突然日暮里寄席にやってきてサプライズで上がったときも次の出番は自分だった、とぼやいて客席からおおいに同情を買う。勘定板は下ネタを綺麗に演じました。
 仲入り後の食い付きは三四楼。「1・2・3、うー、メビウス」(と指をメビウス状にひねる)のご唱和を客に要求し出したときはどうなることかと思いましたが、噺は正統派で「ちりとてちん」。眼技が良いですな。膝代わりの左談次は出てくる早々その三四楼をいじり、宗論に入っても親父が「おまえは三四楼か」と倅に突っ込むなど(宗論の倅は耶蘇教に傾倒するあまりおかしな声色を使うキャラクターなのです)、実においしく転がしておりました。

 談四楼の権助魚は少し前にも聴いていたのですが、権助が愛らしい。そして談慶は高座で七転八倒する熱演で、次第に加速がついて客席は沸きっぱなしでした。

 結構なものを見せていただいた、と感慨に耽る暇もなく帰宅してお仕事をしております。

BIRIBIRI寄席の落語会、5月は準備の月です

4月27日(日)の立川談四楼さん独演会にお越しいただいたみなさまに改めて御礼申し上げます。
 当日は思わぬハプニングがあり、前回以上に慌てた落語会になってしまいました。その分反省も多いので、おいおいこのブログで書いていこうと思います。
 次の深夜寄席は6月22日(日)の開催です。みなさんお運びをお待ちしております。

 ゴールデンウィークが終わったので、また毎日ブログを更新してまいります。今月開催の落語会はありませんが、次月以降に向けてまたいろいろ仕込んでいきますよ。とりあえず今日も電話でですが、一人の落語家さんにお話をさしあげました。良い形に結実することを祈っております。

 明日は立川流日暮里寄席を聴きにいく予定です。
 出演は、吉笑・談奈・里う馬・談四楼・左談次・談慶(主任)とのこと。楽しみです。
 17時半まで飯田橋で仕事が入ってしまいましたので、終わり次第特急で日暮里まで駆けつけなくては。

 仕事があってなかなか落語会にもいけないのですが、来週は17日(土)に立川談幸さんの独演会に行くことが決まっています。品川心中を通しで演じられるそうで、これまた楽しみ。

10264432_384453125026532_7147014608484083375_n