Monthly Archives: 6月 2014

6/15(下北沢)立川談四楼独演会 「馬のす」「元犬」「明烏」

6/22の深夜寄席が先になって順序が入れ替わってしまったが、偶数月恒例の談四楼独演会にも行っていた。この日は話題が多い日だったので、前置きはここまで。

 演目は以下の通り。

 開口一番 笑笑 しの字嫌い
 寸志 馬のす
 笑二 元犬
 談四楼 人情八百屋

 中入

 江戸曲独楽 三増れ紋
 談四楼 明烏

 「しの字嫌い」は、言葉がぞんざいな使用人を矯正しようと、主が忌み言葉を言ったら給金を没収という賭けをするお話。「死」「しくじる」につながる言葉「し」を言ったらダメなので、あの手この手を使って言わせようとする。笑笑は立川流で一番年季の浅い前座ということで、それなりの出来。これからがんばってください。

 二番目に上がった寸志は、「この会で開口一番以外で上がるのは初めて」と言い、普段より緊張しています、と白状する。というのもこの日、BSが寸志の取材に来ていたのである。44歳で談四楼に入門した「中年の希望の星」ということで、前座仕事から高座までを密着取材していたのだという(放送はたしか7月2日。また後日アナウンスします)。一門の兄弟子のさまざまな月旦を述べたあと、桂文字助から習った噺ということと、「最後の驚天動地の落ちが待っています」と前置きして噺に入る。
「馬のす」は「馬の毛」と書く。近所に馬がつながれていたのを見つけた男が、てぐすにでもしようとその尻尾の毛を抜いた。その話を聞いたもう一人の男はびっくりして「お前馬の毛を抜いちゃったのか」「知らなきゃあしょうがないが」と驚くのである。最初の男は動転し、何が起こるのか教えてほしいとせがむが「だってもう抜いちゃったんだろう」とつれない。最終的には一杯飲ませるなら、という相談がまとまるのだが、相手はただ酒だと思って暢気に飲んでいるばかりで、なかなか「馬の毛を抜いたらどうなるか」を教えてくれないのである。
 先代の桂文楽が晩年に「大仏餅」などと共に高座によくかけていた噺だったという。相手をはぐらかしながら飲んでいる男の「電車ァ込むネ」という言い方がおもしろくて、何かあると「電車ァ込むネ」と真似していた記憶がある。寸志はこの台詞を言わなかったのだが、代わりに枝豆を食べる仕草をがんばった。中手(噺の途中の拍手)が入るほどではないのだが、美味そうに見えたのか、メモに「枝豆よし」と書いてあった。

 笑二はこの6月に二つ目に昇進したばかりで、高座に上がると大きな拍手があった。前座時代は、この落語会の常連といっていい存在だったのである。
 最初に上がった笑笑の噂話からしゃべり始めた。いかに弟弟子がずれているか、という例で笑ったのが、笑二が付き合っている女性の写真を見せたときの話である。

笑笑「兄さんの彼女、まるでももいろクローバーのメンバーみたいですね!」
笑二「(謙遜して)いや、そんなアイドルみたいに可愛くはないんだよ」
笑笑「いえ、兄さん。ももクロにかわいい子はいませんから!」

 笑笑君に幸あれ。
 さて「元犬」であるが、これは結構なものだった。正確には「元犬・改」とでもいうべき内容だろう。
 以前にも書いたが、「元犬」は人間に可愛がられていた白犬が神社に信心して人間になり、奉公に出るという話である。これに対し立川談志は「元は犬だったというシロの心情を考えている落語家はいない」「元は犬だったのだから、人間になってしまい不安でいっぱいのはずだ。そこを考えてやろうとしないのは怠慢である」という趣旨の批判をしていた。さすがは『狸』を演じるのに「狸の了見になれ」と言った先代小さんの弟子というか。
 笑二の「元犬」には、この批判に真っ向から応えた演出なのである。普通の「元犬」は、犬が人間になって目覚め、口入屋を訪ねるくだりがある。笑二はこれをすっぱり省略し、口入屋の視点からシロを描くのである。つまり全裸の不審人物に押しかけてこられてびっくりするという演出なのである。なるほど、これなら元は犬であった人間の心情を描く必要はない。笑二は原型の「元犬」にあったギャグはそのまま残しながら、新しいプロットに噺を置き換えた。なかなかの工夫だと思うので、機会があったらぜひ聴いてみてもらいたい。

 次の「人情八百屋」深夜寄席のときにも書いたので省略。

 中入り後に上がった三増れ紋は、シニカルなギャグと恫喝とで翻弄する見事な客あしらいで楽しかった(れもN、と読んで女性芸人である)。「安心して任せられるぐらい修羅場をくぐってますから」とは後で聞いた談四楼の評で、たしかに度胸が据わっている。刀の刃の上を滑らせる真剣刃渡り、開いた扇子の上で独楽を回す末広がり、さらには糸渡り、高い棹の上で回る独楽がひまわりのような角度で旋回し始める風車などの芸で客席を沸かした。

 トリネタの「明烏」はやはり先代桂文楽の十八番である。
 噺はとてもアダルトなもので「男性の初めて」がテーマになっている。「初めて」というのは手習いとか予防接種とかそういうことではなくて、女性を相手にする、あの甘酸っぱい体験のほうの初めてである(という噺に「初高座」の話題から談四楼は入った。自在である)。
 とある商家に時次郎という若旦那がいた。これが「石橋の上で転ぼうものなら橋のほうで痛いというような」堅物で、若いうちは勉学に励まなければいけない、などと言って部屋で論語を読んだりしている。息子の先行きを心配した父親は、少しは柔らかいところもないといけない、と考え源兵衛と多助という町内の遊び人に倅の頑ななところをほぐしてくれる手伝いを頼んでいた。つまり吉原デビューである。
 稲荷神社の祭礼から帰ってくる途中で(そういうところで赤飯を三膳もおかわりしてしまうような朴念仁である)、二人に会った時次郎は、たいへん御利益のあるお稲荷様にお籠もり(泊まり)で信心をしましょう、と誘われる。吉原の遊廓を巫女の宿舎と騙して連れ込もうという魂胆なのである。その気にさせられた時次郎は、そこが吉原とも知らずに大門(官許の遊廓である吉原は閉鎖空間になっていて、大門が木戸の役割をしていた)をくぐってしまう。

 とにかく吉原を題材にした噺の代表格ともいうべきで、見どころを上げると数え切れないくらいだ。堅物の時次郎とぐだぐだに柔らかい源兵衛と多助の対比がまず人物配置では素晴らしい。時次郎を騙してなんとか登楼させた後の源兵衛がこう言う場面があって、いかにも小説家らしい談四楼らしい、臨場感のある台詞だと思う。

――俺たちは今、他にない遊びをしている。この楽しみを少しでも引っ張ろうじゃねえか。

 噺のテーマは前述の通り「初めて」であり、時次郎が童貞を喪失するという事件が噺の中心に据えられているのだが、源兵衛と多助視点からすると「無垢なものが世俗に塗れていく瞬間を見る」という、たいへんにサディスティックな悦びを描いた作品なのだと思う。童貞喪失体験だけならば甘いのだが、これがあるからいくぶんの底意地の悪さが漂うのである。童貞喪失前の時次郎のような人間はそうそういるものではなく、そうした人間のイノセンスを奪ってしまうという嗜虐の喜びがこの噺にはある。源兵衛と多助は下衆な観衆自身なのであり、どこかに自身を貶めるような含羞がなければいけない。登楼の翌朝、二人は女に振られてしまい、早起きして情けなく戦果を報告し合う。その間抜けさが前夜の行為の免罪符になっているのである。

 二人は連れ立って時次郎の部屋に行き、そこで花魁と同衾中の若者を発見する。そのときに源兵衛が部屋で甘納豆を発見し、食べる場面が文楽の「明烏」の見どころだった(らしい。映像を観ていないので)のだが、談四楼はそのタイミングを早め、もっとたっぷり「食べて」みせた。奇しくも「馬のす」の枝豆と豆がかぶったわけで、対抗意識を燃やしたわけではないだろうが、ここでも十分に笑いをとってみせたのはさすがであった。完璧というわけではなく(ご本人があとで振り返っていたとおり、大門のところで見返り柳を描写するくだりが少し抜けた)、十分満足のできる、完成度の高い一席であったと思う。

 終演後は懇親会。例によって深更に至る。

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開演前の注意をする寸志。いつになく緊張気味。

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晴れて二つ目昇進を果たした笑二と談四楼お二人で記念撮影。

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7月5日(土)、立川談慶独演会「談慶の意見だ」まだまだ予約受付中です。
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7月29日(火)、立川流二つ目の会は元・談志直門の3人が集結します。「談志DNA落語会」
2004談志DNAチラシ2

6/22深夜寄席「オールナイトで談四楼」第3回・補遺

1日3箇所、講演1、落語5席のハードスケジュールを無事こなされた立川談四楼さんと、懇親会出席者とで記念撮影をしました。
 楽しい会をありがとうございます。次回8月9日の第4回もよろしくお願いします。
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7月5日は立川談慶さんの独演会です。
詳細はこちら
75807716

7月29日は立川談志元直門の三方、泉水亭錦魚さん、立川平林さん、立川談吉さんが集合して、談志DNA落語会です。こちらもお見逃しなく!(予約サイトはもう少しお待ちください)
2004談志DNAチラシ2

6/22深夜寄席「オールナイトで談四楼」第3回 「人情八百屋」と「ぼんぼん唄」

3回目を迎えた深夜寄席。0時開場なので1時間前には行っておこうとイダ氏にメールをすると、そんなに早く来られても困るので30分前でいいと返信。その通りに11時半に着くと、もう前座の寸志さんが来ていて会場のレイアウト変更も始まっていた。
 前回、前々回は掘りごたつ式の客席だったのだが、今回は椅子席仕様に。掘りごたつ式だと中央列のお客さんが振り向いて高座に向かう形になっていたので、改善である。
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 0時30分開場なのだが、0時を過ぎると続々とお客さんが入ってくる。それもそのはずで、終電の時間に左右されるからなのである。外で時間を潰しているよりは、店の中のほうが居心地いいからね。中にお一人、経堂さばの湯からの梯子組がいた。実はこの日談四楼さんは、昼に藤沢で講演と落語を一席、夕方に経堂さばの湯で二席、そして深夜寄席でさらに二席という超過密スケジュールだったのである。まさかお客さんまでそれにつきあってくださるとは、プロデューサー冥利に尽きるありがたさだ。
 やがて談四楼さん到着。お疲れのはずだが、それを微塵も見せないのは芸人魂のなせる業である。最後のお客様が開演3分前に来られて、予約リストから一人も脱落者なし。たいへんありがたい形で午前1時きっかりに落語会が始まった。

 本日の演目は以下の通り(ここから敬称略)。

 開口一番 寸志 狸の札
 談四楼 人情八百屋
 
 中入り

 談四楼 ぼんぼん唄

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 8月で入門3年目を迎える寸志はいつも通り歯切れのいい口調で、前座噺の基本である「狸」を語る。狸の愛らしさもそうなのだが、札になってからの仕草がおもしろく、目の前で五円札がしゃべっているかのような気分になる。オリジナルのサゲで終了。

2014062201210000 そして談四楼の一席目は「人情八百屋」である。談志も演じていた噺だが、談四楼の篤実な口調には非常によくあっていると思う。
 八百屋の平助が女房と二人でお茶を飲みながら、最近の気がかりなことを話している場面から幕が上がる。数日前に平助は、とある裏長屋で腹を空かせた子供とおかみさんに出会った。夫が長患いでその日に食べるものにも事欠く暮らしをしているという。平助は自分の使っていない弁当を子供に与え、300文の金を置いて帰ってきた。しかし300文ではいくらももつまいという平助に、女房は有り金全部持って見舞いに行け、こういうときにけちけちすると承知しないよ、と言う。
 ところが平助がくだんの長屋に着てみると、そこには貸家札が下がっていた。通りがかった者に聞くと、借家人だった源兵衛は死に、女房も同じ日に後を追ったという。驚愕した平助は、二人の子供を預かっているという鳶の鉄五郎の家に行く。鉄五郎は留守だったが、その女房が事情を話してくれた。弁当と300文の金を貰って喜んでいた一家のところに、大家の伊勢勘がやってきた。溜まった店賃のかたにと、もぎ取るようにしてその金を奪っていったのだという。絶望した夫婦は、子供を遊びに出した隙に相次いで死んでしまった。
 親切がとんでもない結果になったと知った平助は、自分のせいでこんなことに、と泣いて詫びながら仏に線香を上げる。そこに、浅草に子供たちを遊びに連れて行っていた鉄五郎が帰って来た。

 鉄五郎は女房からいきさつを聞いて頭に血が上り、伊勢勘の店を打ち毀しに行ってしまうのだが、そこのくだりが本編のいちばんの笑いどころである。さんざんに暴れた挙句、見れば銭箱の廻りをうろうろしている者がいる。おい、金に手をつけるなよ、と釘を刺すと、へそが痒いという。銭箱に手をつっこんではへそが痒いと言って懐に手をつっこんでいるのである。駆けつけた役人も粋なもので、「このようなことをしでかせば死罪は免れん……だが、誰もいないとあれば仕方ない」。いい呼吸でそれを聞いて暴れまわっていた連中もすーっと帰ってしまうのである。
 これから鉄五郎と平助の話があり、八百屋が二人の子供を引き取って育てるという結論になるのである。
 師匠の談志は平助を51歳、鉄五郎を33歳で演じていたのだが、談四楼はそれぞれ41歳、26歳と若返らせている。江戸時代の51歳はもう老境なので、子供を育てるということであれば少し年が行き過ぎている。いい変更だろうと思う。
 鉄五郎が、いい子にして可愛がってもらいな、産みの親より育ての恩ということを忘れるな、と言うと子供たちが平助の裾に取りすがって必死に頼む。その口調の愛らしさが悲惨な物語の中でアクセントになっており、感情を揺さぶられた。

 中入りを挟んでもう一席。
 前の噺の枕で、藤沢~経堂~新宿リレーの苦労、今話題になっている都議会の女性議員へのセクハラ野次の一件と時事を語っていたのだが、それにつながるような形で女性の出産の話になった。談四楼は小田急線の豪徳寺に住んでいるのだが、隣の駅の梅ヶ丘に、たいへんに繁昌している産婦人科がある。出産の数自体は減っているのだが、その分を不妊治療で埋めているのだという。もう一軒、違った形の不妊治療で人を集めている産婦人科の話を振って、こういう話が今日のテーマにつながってくるのでございますが、と断り、噺に入った。
 さて困った。前にも書いたように、枕の話題から噺を推測するのはライブで聴く楽しみでもあるが、今回はまったくわからない。

 噺は、またしても夫婦者の会話から始まる。辛党のはずの源兵衛が、珍しく饅頭を買って帰ってきた。驚く女房のおみつに源兵衛は、子供達が饅頭屋に群がっているのを見て、もしうちに子供がいたら七つ八つ買ってきて与えれば喜んだろう、とたまらなくなり買ってきたのだと言う。夫婦にはどうしても子供が授からないのだ。おみつは今までやってこなかった神信心をしようと提案し、源兵衛は浅草寺に日参する。
 その満願の日、源兵衛は街角で人だかりを見た。かきわけかきわけ前に出ると、迷子である。それまで泣いてばかりいた子供が、源兵衛にだけはにっこりを笑いかけ、すがりついてくる。その笑顔にほだされ、源兵衛はその子を連れ帰ってしまう。子供が欲しくてたまらないおみつに、一目見せてやりたくなったのだ。しかしおみつは、源兵衛の予想以上に情が移ってしまい、子供を自分たちで育てると言い始める。これも浅草寺の観音様の御利益、満願で子供が授かったのだ、と。その勢いに押し切られるような形で源兵衛もつい首を縦に振ってしまう。拾った子供だからおひろ。夢にまで見た子供との三人暮らしが始まる。

 古今亭志ん生の持ちネタ、「ぼんぼん唄」である。弟子筋の落語家でも演じている人はおらず、恥ずかしながら私も初めて聞いた。後で詳しいお客さんに教えていただいたが、談四楼は志ん生遺児である美濃部美津子に断ってこの噺を演じているのだという。
「ぼんぼん唄」というタイトルは、おひろと出会って一年目のエピソードから来ている。近所の子供たちとおひろを遊ばせていた源兵衛は、ぼんぼん唄を子供たちと口ずさむ。「ぼーん、盆の十六日、江戸一番の踊りは八丁堀」と、自分の住んでいる町名を歌いこむのがぼんぼん唄の決まりだ。ところが自分も、と手を挙げたおひろは「ぼーん、盆の十六日、江戸一番の踊りは相生町」と歌ったのである。
 途端に源兵衛は蒼白になる。おひろの本当の両親が相生町にいるのだと悟ったのだ。子供を返すのは嫌だと渋るおみつを説得し、相生町に飛んでいく。自分自身も「聞くんじゃなかったなあ」と後悔しながら。

 このあと無事に本当の両親が見つかり、ハッピーエンドになる。考えてみれば他人の子供をかどわかして自分の子供として育てるという話で、当時であっても犯罪であったろうし、現代では成立しにくい内容である。しかしそれを、子供に対する想いという人情だけで乗り切ってしまうのである。おみつが夢見ていたことの一つに、親子三人が川の字になって寝るというものがある。おひろを間に挟んで横になった夫婦は、子供がどちら側に寝返りをうつかを賭けるのである。おみつの側にくるか源兵衛の側にくるか。その情景を想像すると実に切ないものがある。そしてぼんぼん唄の一節から真相がわかってしまう展開にはサスペンスドラマの風情もあり、ストーリーも秀逸である。

 無事に子供を送り届けた源兵衛はおひろ(本名はおしず)の両親から感謝され、出資をするので背負いの小間物屋を辞めて店を出すように勧められる。またおみつも、おしずの乳母として毎日通うことを許されるのである。祝いの席で源兵衛は酔って過ごしてしまい、その場で粗相をしてしまう。それを見た主が「源兵衛さんはお気が早い。もう小間物屋を開かれた」というのが落ち。酔って戻すのを「小間物屋を開く」と呼ぶことを知らないとわからない落ちだが、談四楼はあえてくどく押さずに通した。

 終演後は参加者のほとんどが帰らずに(そりゃそうだ)大宴会。昇ったお天道様を拝みながら帰りました。

本日立川談四楼深夜寄席第3弾です&新落語会情報

本日25時(22日午前1時より)立川談四楼が真の深夜寄席に挑戦する、終電で来て始発で帰る「オールナイトで談四楼」第3回です。当日券もございますので、なんとなく家にいるのもつまらないとか、今新宿で遊んでいるんだけどまだ帰る気にはならないとか、そういう方はぜひお越しください。
 詳細はこちら
2014DanshirouAllNight2&3_b_w_l

 そして、新しい落語会の情報をお知らせします。
 7月29日(火)午後7時より、「談志DNA落語会」を開催いたします。
 出演者は、落語立川流二つ目の泉水亭錦魚、立川平林、立川談吉の御三方。
 このお名前を聞いてピンと来るかたは来るでしょう。
 そう、現在はそれぞれ立川龍志、談慶、左談次の一門に身を置いてはいますが、元は故・立川談志一門。談志の直門弟子として最後に教えを受けた三人が一堂に集結し、家元譲りの芸を競います。
 テーマは「談志の遺伝子をもっとも色濃く引き継いだ落語家は誰か」。この三人だからこその芸比べをどうぞ堪能ください。
 予約は間もなく開始。どうぞお早めに。
2004談志DNAチラシ2

 そして7月5日(土)は今が旬の落語家・立川談慶が新しいことに挑む落語会「談慶の意見だ」の第1回。
こちらもそろそろ予約が打ち止めになりそうです。迷っている方は今すぐどうぞ。
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【拡散希望】落語会の告知用にこのブログを使いませんか?

本日はいつもと趣向を変えて、落語家の方に読んでいただきたくて投稿します。

 趣旨はタイトルに書いたとおりです。こちらのブログは新宿5丁目で私が企画している落語会の告知をするために始めたのですが、それにこだわらずに情報公開をしていきたいと思っています(自分が行った落語会について詳しく書いているのもそのためです)。

 プロの落語家で、自分の落語会についてここで宣伝してもらいたい、という方がいらっしゃったらぜひご連絡ください。フォーマットは「東京かわらばん準拠」でお願いします。特に字数制限とかはありませんし、画像やリンクを貼ることも可能です。

 また、自分のところで落語会を主催してプロの落語家をお招きするのだけど、宣伝をさせてもらえないか、というお申し出も歓迎します。その場合は、ビリビリ寄席の情報もそちらで公開していただけると嬉しいです。ビラなどがありましたら、お店に置き合うことでお互いの情報を広めませんか?

 一昨日、初めてプロの落語を生で鑑賞した家族にも言われました。落語会の情報は需要があるわりに共有がうまくいっておらず、欲しい人のところにちゃんと届いていないように思います。もし同じように考えておられる方がいらっしゃったら、ぜひ手を携えて告知をしていきましょう。

 というわけで、もし情報を送ってもいいよ、という方がいらっしゃいましたら、メールにてご連絡ください。

 sugiemckoy★gmail.com

 お手数ですが、上記の★を@に変えてメールを送っていただければと存じます。
 どうぞよろしくお願いいたします。

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6/22 立川談四楼さん深夜寄席の第3回です!
ご予約はお早めに。
2014DanshirouAllNight2&3_b_w_l

6/8(鎌倉・円覚寺)「談志DNAをつなぐ落語会」~「はじめての葬儀屋」「お見立て」「阿武松」

2014060816120000 昨日まで関東地方は馬鹿な雨模様だったのだが、今日になって奇跡的に降りが収まった。その間隙を縫って行ってきたのが北鎌倉の名刹円覚寺である。円覚寺では「北鎌倉お坊さんアカデミー」という催しを定期的に開催している。本日が20回目で、立川流一門の落語家三人に加えて、立川談志の遺児・松岡慎太郎氏がトークゲストで登場し、「家族のみぞ知る・父立川談志の素顔」というテーマで話をされるという。聞き役を務めるのは本興行のプロデューサーでもある放送作家の植竹公和氏だ。これを聞き逃しては後悔すること間違いなし。休日ではあるが、家族を誘って円覚寺へと足を運んだ。

 会場となっている佛日庵は満杯の入りだった。さすがにそうだろう。前座は置かず、住職の講話の後に続いてすぐ二つ目の上がり。高座は延命地蔵尊の仏座の前に据えられており、演者はそちらに尻を向けて語る形だ。で、本日の演目はこちら。

 志の八 はじめての葬儀屋
 らく次 お見立て

 中入り

 松岡慎太郎トーク

 左談次 阿武松

 志の八は志の輔門下で、四月に真打ち昇進した晴の輔に続く二番弟子ということになる。ただし植竹氏紹介によれば晴の輔の上に八人、その下志の八までの間に四人(数は正確ではないかもしれない)と辞めていった弟子がいるのだという。先日の真打披露口上で里う馬代表が「晴の輔は志の輔門下のマニュアル」と言った意味がよくわかる。

 高座に上がると志の八は「後ろが気になるのはわかるんですが、どうか私に注目してください」と会場の笑いをとる。うん、たしかに先頭打者がそれを言っておかないと後の者もやりにくかろう。続いて自分が鎌倉の(比較的)近くの戸塚であるという話題をふる。戸塚駅の再開発でできた商業施設(トツカーナというらしい)の四周年記念ということで依頼をされ、落語を演じてきたのだとか。しかし高座がしつられられたのはコンコース、前にバスロータリー、後ろに線路、右に薬局で左にパチンコ屋と、異常な場所で落語を話したのだが、という話題でお客は完全に温まった。そこで「今日はおめでたい日なので特別に、(ここで間)葬儀屋の噺をやります」と宣言して噺に入る。

 私は初見なのだが「はじめての葬儀屋」という新作らしい。葬儀屋に元気だけがとりえという若者がバイトに来る。「僕、肉屋でバイトをしていたので量るのは得意なんです」と若者。「メモリアル・セレモニー」の「メモリ」を勘違いしてきたのだ。葬儀屋であることを聞かされて腰が引けるが、主から、この仕事は信用が大事だから、大丈夫です、安心してください、任せてください、の三言でお客の気持ちを掴まないといけないと諭され、おどつきながらも初仕事に向かう。この三言に加えて商売人の貫禄を見せる殺し文句、三十年やってます、という言葉を教えられ、なにかというとそれを連呼するのがおかしい。まるで「ろくろっ首」である。

 その後は腰が引けているゆえの珍騒動が続く。葬儀屋勤務経験があるのか、と思わせるぐらいにディテールが細かいのがいい。おそらくは本業に取材をしているのだろう。また所作の一つひとつが情景を想像させるようにリアルで、本当に死体をいじっているかのようだった。頭のほうから死体を持ち上げようとして、自分の頭をおかしな具合に抱え「なんでこの死体抱きついてくるんでしょう」「肘を持つから抱きつくんじゃないか」というやりとりがある。文章で書くとわかりにくいが、横臥している死体の両肘をつかんで引っ張りば、なるほどそうなるのである。以下もそんな感じ。志の八の新作をもっと聴いてみたいという気持ちになった。

 次はらく次で、基本通りにきっちりとやる「お見立て」だ。吉原は一晩に何人も客をとって遊女に回しをとらせる決まりがあったが、喜瀬川花魁がどうしても一人の客が嫌だという。在(田舎)からやってきた杢兵衛お大尽である。しつこくってあの客の前に出ると寿命が縮むとわがままを言う喜瀬川に押し切られ、若い衆の喜助はまわしを断る嘘をつかされることになる。「喜瀬川花魁は入院しておりまして」と言えば諦めて帰るだろうと踏んでいたのだが、どっこい杢兵衛大尽の純情を舐めてはいけない。「年季が明けたらヒーフ(夫婦)になろう」という喜瀬川の言葉を信じ込んで、間夫気取りなのである。「ならば帰るが病院に見舞いに行く」と言い出したために喜助は慌てて再び喜瀬川の下へ。こうして嘘がどんどん大きくなっていく。

 この噺の好きな台詞の一つに、若い衆(喜助)が嘘泣きをすると、杢兵衛大尽が「喜助、われ泣いとるな」と動揺、それに「はい。泣いております。今を盛りと泣いております」と答えるやりとりがある。それにらく次は「まるで夏の蝉のような」と杢兵衛大尽に言わせるのがまたいい。喜助が非常に浅薄な感じになっていて(演技を忘れるとすぐはしゃぐ)、杢兵衛大尽の朴訥さがよく際立っていた。杢兵衛大尽は田舎者であるが、何も悪いことはしていないので、彼のキャラクターに厭味が出たらおしまいなのである。少し可愛いぐらいでちょうどいいのではないか。

 一つ疑問を感じたのは落ちにつながる大事な台詞がかなり後のほうで出てくることで、これは客に印象付けるにはいいと思うのだが、やはり遅いように思う。もっと前に出すべきではないだろうか。たとえば冒頭の、噺に入るあたりで吉原の情景描写として埋め込んでみるとか。自分がいつも伏線の埋設のことばかり考えているので、ちょっと気になった。

 15分の中入りを挟んでミュージカル映画「キス・ミー・ケイト」のナンバー、「フロム・ディス・モーメント」が流れる。談志がほとんどのキャストを暗記するぐらい好んでいた映画で、「ここから後半」といういい洒落にもなっていた。

 さて、本日の目玉でもある松岡慎太郎氏トークだが、いちおう要点はメモしてあるのだが、取材として入ったわけではないのであまり詳細に書いては差し障りもあるだろう。初めて聞いたことをいくつか書くだけに留めておく。

・談志は勉強のことは言わない父親だったが、中学受験の前夜、「いいか、試験は落とすためにやるんだ」と逆説的な言い方で諭されたという。「だから落ちることはあるんだ、気にするな」という意味なのだろうと慎太郎少年は理解した由。表現の仕方はわかりにくいが、いつも優しい人であった。

・子供のころにはまともに父親の落語を聴いたことがなかった。だが、読書感想文の宿題が出て、慎太郎少年が子供向けの落語本を読んでいたら、テーブルの前に座った談志が「火焔太鼓」をそっくり話してくれたという。火焔太鼓は古今亭のお家芸だから持ちネタではなかったが、志ん生を敬愛していた談志なのだから、おそらくは完全コピーだったのではないか。それはぜひ聴いてみたかった。

・慎太郎氏はよく通る声をしている(四十代の談志も声は高かった)。そのためによくうるさいと叱られたという。談志曰く「まるで円楽みたいな声をしやがって」。

 お宝として慎太郎氏は二本の扇子を持参していた。親交の深かった故・中村勘三郎丈と扇面に互いの名を記して持ち合おうと誓ったもので、勘九郎・談志バージョンと勘三郎・談志バージョンの二対ある。つまりこの世に4本しかない貴重なものである。よいものを見せていただいた。

 さてトリは左談次である。上がってくるなり、「あれが本物の(談志の)倅です。あたくしたち弟子は師匠に叱られるなり、すぐに坊ちゃんのところに駆けつけて、バックドロップをしたり、四の字固めをかけたり……おかげであんな立派な大人になってしまって」とやったから客は馬鹿受けである。そうなるともう手のひらで転がされるようなものである。話題は昨今のスポーツ、特に相撲に移っていく。左談次は真打ち昇進の興行でトリを務めたが、席亭だか支配人だかに失礼なことを言われ、わずか数分で「おなじみのスポーツあれこれでございます」とやって降りてしまったという。まさか「スポーツあれこれ」ではあるまい、と思っていると行司の発声がいかに可笑しいか、という声帯模写に入る。奇声というべき声に驚いてぴんと背筋を伸ばすと「いや、三人ばかり居眠りをしているやつがいたもので」。その前に「落語家殺すにゃ刃物は要らぬ欠伸の三つもあればいい」と都々逸で注意が入ったばかりなのであった。観客はひっくり返って笑う。

 そこからは落語に入る。能登国鳳至郡七海村(今の輪島市)から大飯喰らいの青年・長吉が江戸に相撲取りになるための修業に出される、とくればこれは「阿武松」である。阿武松緑之助は六代横綱として相撲史に名を残す力士だが、その伝記噺だ。
 最初に長吉が弟子入りしたのは関取の武隈が持つ部屋だった。しかし武隈には見る目がなかった。女房から「あの若いのがいると米が減って困る、辞めさせてくれ」とせがまれ、愚かにも長吉に暇を出してしまうのである。長吉も「一日に七升食うところを六升五合で我慢するから」と懇願するのだが聞いてくれない。哀れにも志半ばで郷里に帰されることになった。懐には紹介者の庄屋に返すのだ、と渡された手切れ金が一分ある。中山道を板橋宿まで来て戸田川の渡しを待っているところで長吉は一つの決意をする。郷里には帰れない、ここで身を投げて死のうと。懐の一分で好きなだけおまんまを食べ、それから死ぬのである。穏やかならぬ覚悟を決めた長吉は、一軒の宿屋に入り、頼む。「この一分でおらにおまんまを食わせてくだせえ」。

 このあとで思わぬ出来事があり、長吉の運命は開ける。この落語でいちばんの決め台詞は「まんまの仇」だろう。左談次のそれは実に気持ちよく、聴いていてすかっとした。スポーツものの王道展開である。よい「まんまの仇」を聴いて気分がよくなったところで、演者全員が再び揃うカーテンコールがあり、三本締めでお開きになった。子供はこれが落語初鑑賞、妻もほとんど生では聴いたことがないと思われる。最初の落語会がここでよかった。実に充実した休日でありました。

7/5(土)立川談慶独演会トリネタは「抜け雀」に決定!

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 本日、新宿BiriBiri寄席にて立川談慶さん、店主イダ氏と相談をし、落語会の詳細を詰めた。
 その結果、当日のトリネタを「抜け雀」とすることに決定。これは談慶さんが告知してもいいということだったので、お伝えすることにする。

 寄席興行だと、当日演者が上がるまでネタが何かはわからない。個人の落語会でもその形式をとるものと、前もって演目を予告するものの二種類がある。予告がある場合は、その演目が目当てで来るというお客さんもいるだろう(先日の談幸さんの『品川心中』なんかはたぶんそれ目当てのお客さんもいた)。楽しみで行ったときは、あ、これをやるのか、とわかったときの快感というのがある。どっちもいいところがあるのだ。

 で、「抜け雀」である。落語には「甚五郎の鼠」のように名匠・左甚五郎を主人公とするものがある。正体を隠していた男が実は左甚五郎だと名乗りを上げ腕をふるって、という内容だ。おそらく、元は講談ネタだったのではないか。「抜け雀」は甚五郎ものではないが、やはり名人が登場する。この場合は絵師なのである。

 舞台として設定されているのは小田原宿だ。落語で他に小田原宿が舞台になっているものというと、「お神酒徳利」がすぐ出てくる。故・三遊亭圓生が昭和天皇の前で演じた噺である。小田原は東海道9番目の宿場で、日本橋からの距離は約80kmある。いくら昔の人が健脚だからといっても、これは一日で歩ける距離ではないだろう。5番目の戸塚か、その次の藤沢あたりで力尽きて投宿したはずである。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の主人公、弥次郎兵衛と喜多八も戸塚で最初の宿をとっているのだ(ここで2人は、男連れだと飯盛女だなんだとうるさいので親子のふりをしようとする)。

 おそらく小田原が舞台に使われるのは、そこが江戸を出発して最初に到着する城下町の宿場だったからではないだろうか。復元された小田原城は今も町のランドマークになっているが、そうした印象的な宿場にドラマの舞台を設けたいと作者は考えたのだろう。ちなみに『東海道中膝栗毛』で五右衛門風呂と知らずに2人が湯に浸かり、喜多八が下駄を履いた足で釜を踏み抜くのはこの小田原宿である。

 閑話休題。その小田原のとある宿が舞台となる。宿屋に婿養子に来て女房に頭が上がらない男が、一人の侍をつかまえるところから噺は始まるのである。その侍は、いかにも金が無さそうな風情なので、他の客引きには無視されていたのだが、そうとも知らずに宿に上げてしまう。それから客の長逗留が始まり、日がな一日酒ばかり飲んでいる。とうとうたまりかねた女房が溜まった酒手だけでも貰って来いと亭主をけしかけると、というのが序盤の展開だ。この後は、初見のお客さんの興を削がないために、書かずにおいておこう。当日の高座をお楽しみに。

 ちなみに談慶さんの師匠、故・立川談志は「抜け雀」をやらなかった。いわゆる名匠ものは、正体を明かす展開が水戸黄門みたいで嫌だ、と『談志最後の根多帳』にも書いてある。談志の弟子では他に談慶さんの兄弟子である立川談四楼さんもこの噺をやられる。談四楼さんは、ある時期から師匠に似てしまうのを避けて、談志がやらない噺にも挑戦を始めた、とおっしゃっておられた。そうやって芸の選択肢を増やしていったのだ。談慶さんは果たして師匠のやらなかった噺にどうやって取り組むのか。そこは当日の大事な聴きどころになりそうな気がする。個人的には、宿屋の主は談慶さんの人柄にとてもあっているキャラクターだと思っている。それ以外の登場人物にどのような演出を施すか、というのも興味深いポイントだ。

 7月5日、みなさん「抜け雀」を楽しみにしていてください。

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「談慶の意見だ 杉江松恋プロデュース 立川談慶独演会」
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5/30立川談慶独演会(上野広小路亭)「金明竹」「壺算」「妾馬」

隔月で開催されている立川談慶の上野広小路亭独演会に行ってきた。ぎっしりの超満員で、最近の広小路亭ではいちばんの入りだったのではないか。固定ファンが付いて、勢いが出てきている証拠だ。
 演目は以下の通り。前座の出番はなかった。

 談慶 金明竹
     壺算(ネタ下ろし)

 中入り

 談慶 妾馬

「金明竹」は与太郎噺だ。与太郎にもいろいろあるが、この与太郎は大人が常識と考えていることの裏ばかりかこうとする、なかなかに策士の与太郎である。親戚の小父さんらしき道具屋に預けられているのだが、その言いつけを守ろうとして完全にずれたことをしてしまう(というかわざとやっているようにさえ見える)というのが前半の笑いどころである。談慶はギャグの繰り返しを意識して、与太郎が何かを言うたびに「なんか悪い胸騒ぎがする」と小父さんにつぶやかせ、観客から笑いを引き出した。

 この噺の後半の主人公は与太郎ではなく、道具屋のおかみさんである。与太郎が店番をしていると上方から使いの者がやってくる。慣れない上方言葉であるうえにたいへんな早口なので、与太郎は当然理解できない。しかし、その非礼を叱って代わりに応対に出たおかみさんも、まったくそれが理解できないのである。この使者は四回繰り返して口上を述べるが、そのやり方は演者によって異なる。談慶は四回目に繰り返させるとき、文節ごとに切っておかみさんに反復させるというやり方をとった。大事な言伝てをするのだから復唱を求めるのは自然だし、それが後に笑いの仕掛けにもなるのだ。合理的である。そのあと旦那が帰ってきて、おかみさんがうろ覚えで使者の口上を再現しようとする。その内容も「渋谷でチーマーに横山やすしが刺されたんです」と支離滅裂、これはオリジナルのギャグでこの噺いちばんの爆笑となった。

 その後に続けて「壺算」へ。枕を途中で切って、立っているお客さんを呼び込むなど、一人で務める高座ならではの中断もある(これは普通前座の仕事)。それが水を差すことにならずにかえってアットホームな雰囲気を醸すことになったのは、お客の質が良かったからだろう。

「壺算」に入る前に談慶は前の「金明竹」を総括し「つまりはディスコミュニケーションの噺でして」と言った。これが今の談慶らしいところで、どの噺にも自分なりのテーマを見出し、それを骨格にして内容を再構築しようとしている。たとえば、「文七元結」であれば小博打しか能がなかった男が一世一代の大博打に挑む噺、というように。そうやって演者が自身のテーマを前面に出すことを嫌う客もいるだろうと思う。さりげなく、語らずに済ませるべきだ、というのが本来の江戸前の演出だからである。しかし、落語を成り立たせていた共通言語が失われた現在、そのくらいのわかりやすさを客に示すというのは演出の一方法としては正解なのではないか。

 よく落語について言われることの一つに、すでに失われてしまった江戸・東京文化を土台にして語る難しさというのがある。註釈を入れないと理解ができず、理解ができないがために疎遠になってしまうという悪循環があると言われているのだ。談慶はこの傾向に対して、旧来の文化とは関係ないところに普遍的なテーマを見出し、それによって時代がついてしまった部分の古臭さを解消しているように見える。談慶の師匠・談志は古今亭志ん生が落語「時そば」について「あれは一文ちょろまかす噺だ」というのを聞いて感銘を受けたと書き残している。「一文ちょろまかす」ふざけた心というのは普遍的で、時代を経てもあまり変化しない。そういうように、落語の中にある核のようなものを見出すのが志ん生は上手かったのである。それに談志は影響されたし、もちろん談慶もその姿勢を学んでいる。その伝でいえば「蛙茶番」は芝居を知らなくても「男が自分の逸物を露出したら笑える」噺だし、「明烏」は「童貞卒業物語」である。江戸・明治・大正・昭和という時代を通り越し、平成に通用する内容になるのだ。

 さて「壺算」だが、ネタ下ろしということで固まっていない部分も多かっただろう。これは一荷入りの瓶を倍の二荷入りに買い換えるように家で言われた男が、口の達者で小狡いところのある兄ィに頼り、買物に行くという話だ。兄ィの口上が詐術的に上手いので、騙される瀬戸物屋の主だけではなくて客も一瞬狐につままれたような感覚になる。弟弟子の談生は、現代人にはこの程度の詐術では通用しないだろうと、さらにロジックを複雑化させた「薄型テレビ算」を作ったが、談慶は別の部分を深化させることで独創性を出そうとした。

 中心人物は兄ィに騙される気の毒な店主である。兄ィに何かを言われるたびに納得してしまうのだが「お勘定が合ってないというあたくしの気持ちは正しいと思うんです」と理性ならぬ直感で食い下がろうとする。しかし、その努力を突き放すような新ロジックを兄ィが呈示するので、それに負けてしまうのである。後半の部分はまだまだ改良の余地ありと感じたが、店主の息子が出てくる演出は斬新でおもしろい(芋の分け前のために争っているところを兄ィに仲裁され、納得して「このおじちゃんの言うことはなんでも正しいや」と目を輝かせるのである)。「井戸の茶碗」の屑屋のような、小心で強腰な相手に振り回される人物を演じると談慶は実にいい。

 中入り後は「妾馬」である。ある長屋に掃き溜めに鶴の喩え通りの美少女がいた。行列で通りかかった大名・赤井御門守がそのお鶴を見初め、屋敷に奉公させるのである。やがて彼女はお手つきとなり、側室ではあるが男子を出生、それがお世取りとなるためお部屋様と呼ばれる身分に出世する。鶴には八五郎という兄がいたが、赤井御門守に呼び出され、屋敷にて対面を果たす。そこに至るまでの八五郎対侍社会のとんちんかんなやりとりと、殿様と直面してからの会話が眼目となる噺である。談慶の演出では、八五郎と鶴の母親(父親はすでにこの世の人ではない)が前半からよく顔を出す。演者によっては省くことのほうが多いキャラクターなのだが、これにはきちんとした意味があった。後半、殿様と対面を果たした八五郎は、母親が自分にとっての初孫なのにこの手で抱くことができないと言って泣いていると殿様に訴え、一度だけでもいいから抱かせてやってほしいとかき口説くのである。赤井御門守がそれに応じて度量の大きなところを見せるので、身分を超えた人情のつながりが生まれ、後味の良い噺になっている。この工夫のために、あえて前半では老母を登場させ、その顔を客に印象づけたのだろう。観客もよく笑い、よく泣いていた。

 ちなみにこの噺、談慶が過去に昇進をかけたトライアルを企画し、談志の前で演じて見事に轟沈した思い出の一篇であるのだとか。今であれば師匠は弟子の「妾馬」をどう評したことだろうか。

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7/5(土)18時~ 立川談慶独演会やります。
詳細はこちらで。おはやめの予約をお勧めします。
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