6/8(鎌倉・円覚寺)「談志DNAをつなぐ落語会」~「はじめての葬儀屋」「お見立て」「阿武松」


2014060816120000 昨日まで関東地方は馬鹿な雨模様だったのだが、今日になって奇跡的に降りが収まった。その間隙を縫って行ってきたのが北鎌倉の名刹円覚寺である。円覚寺では「北鎌倉お坊さんアカデミー」という催しを定期的に開催している。本日が20回目で、立川流一門の落語家三人に加えて、立川談志の遺児・松岡慎太郎氏がトークゲストで登場し、「家族のみぞ知る・父立川談志の素顔」というテーマで話をされるという。聞き役を務めるのは本興行のプロデューサーでもある放送作家の植竹公和氏だ。これを聞き逃しては後悔すること間違いなし。休日ではあるが、家族を誘って円覚寺へと足を運んだ。

 会場となっている佛日庵は満杯の入りだった。さすがにそうだろう。前座は置かず、住職の講話の後に続いてすぐ二つ目の上がり。高座は延命地蔵尊の仏座の前に据えられており、演者はそちらに尻を向けて語る形だ。で、本日の演目はこちら。

 志の八 はじめての葬儀屋
 らく次 お見立て

 中入り

 松岡慎太郎トーク

 左談次 阿武松

 志の八は志の輔門下で、四月に真打ち昇進した晴の輔に続く二番弟子ということになる。ただし植竹氏紹介によれば晴の輔の上に八人、その下志の八までの間に四人(数は正確ではないかもしれない)と辞めていった弟子がいるのだという。先日の真打披露口上で里う馬代表が「晴の輔は志の輔門下のマニュアル」と言った意味がよくわかる。

 高座に上がると志の八は「後ろが気になるのはわかるんですが、どうか私に注目してください」と会場の笑いをとる。うん、たしかに先頭打者がそれを言っておかないと後の者もやりにくかろう。続いて自分が鎌倉の(比較的)近くの戸塚であるという話題をふる。戸塚駅の再開発でできた商業施設(トツカーナというらしい)の四周年記念ということで依頼をされ、落語を演じてきたのだとか。しかし高座がしつられられたのはコンコース、前にバスロータリー、後ろに線路、右に薬局で左にパチンコ屋と、異常な場所で落語を話したのだが、という話題でお客は完全に温まった。そこで「今日はおめでたい日なので特別に、(ここで間)葬儀屋の噺をやります」と宣言して噺に入る。

 私は初見なのだが「はじめての葬儀屋」という新作らしい。葬儀屋に元気だけがとりえという若者がバイトに来る。「僕、肉屋でバイトをしていたので量るのは得意なんです」と若者。「メモリアル・セレモニー」の「メモリ」を勘違いしてきたのだ。葬儀屋であることを聞かされて腰が引けるが、主から、この仕事は信用が大事だから、大丈夫です、安心してください、任せてください、の三言でお客の気持ちを掴まないといけないと諭され、おどつきながらも初仕事に向かう。この三言に加えて商売人の貫禄を見せる殺し文句、三十年やってます、という言葉を教えられ、なにかというとそれを連呼するのがおかしい。まるで「ろくろっ首」である。

 その後は腰が引けているゆえの珍騒動が続く。葬儀屋勤務経験があるのか、と思わせるぐらいにディテールが細かいのがいい。おそらくは本業に取材をしているのだろう。また所作の一つひとつが情景を想像させるようにリアルで、本当に死体をいじっているかのようだった。頭のほうから死体を持ち上げようとして、自分の頭をおかしな具合に抱え「なんでこの死体抱きついてくるんでしょう」「肘を持つから抱きつくんじゃないか」というやりとりがある。文章で書くとわかりにくいが、横臥している死体の両肘をつかんで引っ張りば、なるほどそうなるのである。以下もそんな感じ。志の八の新作をもっと聴いてみたいという気持ちになった。

 次はらく次で、基本通りにきっちりとやる「お見立て」だ。吉原は一晩に何人も客をとって遊女に回しをとらせる決まりがあったが、喜瀬川花魁がどうしても一人の客が嫌だという。在(田舎)からやってきた杢兵衛お大尽である。しつこくってあの客の前に出ると寿命が縮むとわがままを言う喜瀬川に押し切られ、若い衆の喜助はまわしを断る嘘をつかされることになる。「喜瀬川花魁は入院しておりまして」と言えば諦めて帰るだろうと踏んでいたのだが、どっこい杢兵衛大尽の純情を舐めてはいけない。「年季が明けたらヒーフ(夫婦)になろう」という喜瀬川の言葉を信じ込んで、間夫気取りなのである。「ならば帰るが病院に見舞いに行く」と言い出したために喜助は慌てて再び喜瀬川の下へ。こうして嘘がどんどん大きくなっていく。

 この噺の好きな台詞の一つに、若い衆(喜助)が嘘泣きをすると、杢兵衛大尽が「喜助、われ泣いとるな」と動揺、それに「はい。泣いております。今を盛りと泣いております」と答えるやりとりがある。それにらく次は「まるで夏の蝉のような」と杢兵衛大尽に言わせるのがまたいい。喜助が非常に浅薄な感じになっていて(演技を忘れるとすぐはしゃぐ)、杢兵衛大尽の朴訥さがよく際立っていた。杢兵衛大尽は田舎者であるが、何も悪いことはしていないので、彼のキャラクターに厭味が出たらおしまいなのである。少し可愛いぐらいでちょうどいいのではないか。

 一つ疑問を感じたのは落ちにつながる大事な台詞がかなり後のほうで出てくることで、これは客に印象付けるにはいいと思うのだが、やはり遅いように思う。もっと前に出すべきではないだろうか。たとえば冒頭の、噺に入るあたりで吉原の情景描写として埋め込んでみるとか。自分がいつも伏線の埋設のことばかり考えているので、ちょっと気になった。

 15分の中入りを挟んでミュージカル映画「キス・ミー・ケイト」のナンバー、「フロム・ディス・モーメント」が流れる。談志がほとんどのキャストを暗記するぐらい好んでいた映画で、「ここから後半」といういい洒落にもなっていた。

 さて、本日の目玉でもある松岡慎太郎氏トークだが、いちおう要点はメモしてあるのだが、取材として入ったわけではないのであまり詳細に書いては差し障りもあるだろう。初めて聞いたことをいくつか書くだけに留めておく。

・談志は勉強のことは言わない父親だったが、中学受験の前夜、「いいか、試験は落とすためにやるんだ」と逆説的な言い方で諭されたという。「だから落ちることはあるんだ、気にするな」という意味なのだろうと慎太郎少年は理解した由。表現の仕方はわかりにくいが、いつも優しい人であった。

・子供のころにはまともに父親の落語を聴いたことがなかった。だが、読書感想文の宿題が出て、慎太郎少年が子供向けの落語本を読んでいたら、テーブルの前に座った談志が「火焔太鼓」をそっくり話してくれたという。火焔太鼓は古今亭のお家芸だから持ちネタではなかったが、志ん生を敬愛していた談志なのだから、おそらくは完全コピーだったのではないか。それはぜひ聴いてみたかった。

・慎太郎氏はよく通る声をしている(四十代の談志も声は高かった)。そのためによくうるさいと叱られたという。談志曰く「まるで円楽みたいな声をしやがって」。

 お宝として慎太郎氏は二本の扇子を持参していた。親交の深かった故・中村勘三郎丈と扇面に互いの名を記して持ち合おうと誓ったもので、勘九郎・談志バージョンと勘三郎・談志バージョンの二対ある。つまりこの世に4本しかない貴重なものである。よいものを見せていただいた。

 さてトリは左談次である。上がってくるなり、「あれが本物の(談志の)倅です。あたくしたち弟子は師匠に叱られるなり、すぐに坊ちゃんのところに駆けつけて、バックドロップをしたり、四の字固めをかけたり……おかげであんな立派な大人になってしまって」とやったから客は馬鹿受けである。そうなるともう手のひらで転がされるようなものである。話題は昨今のスポーツ、特に相撲に移っていく。左談次は真打ち昇進の興行でトリを務めたが、席亭だか支配人だかに失礼なことを言われ、わずか数分で「おなじみのスポーツあれこれでございます」とやって降りてしまったという。まさか「スポーツあれこれ」ではあるまい、と思っていると行司の発声がいかに可笑しいか、という声帯模写に入る。奇声というべき声に驚いてぴんと背筋を伸ばすと「いや、三人ばかり居眠りをしているやつがいたもので」。その前に「落語家殺すにゃ刃物は要らぬ欠伸の三つもあればいい」と都々逸で注意が入ったばかりなのであった。観客はひっくり返って笑う。

 そこからは落語に入る。能登国鳳至郡七海村(今の輪島市)から大飯喰らいの青年・長吉が江戸に相撲取りになるための修業に出される、とくればこれは「阿武松」である。阿武松緑之助は六代横綱として相撲史に名を残す力士だが、その伝記噺だ。
 最初に長吉が弟子入りしたのは関取の武隈が持つ部屋だった。しかし武隈には見る目がなかった。女房から「あの若いのがいると米が減って困る、辞めさせてくれ」とせがまれ、愚かにも長吉に暇を出してしまうのである。長吉も「一日に七升食うところを六升五合で我慢するから」と懇願するのだが聞いてくれない。哀れにも志半ばで郷里に帰されることになった。懐には紹介者の庄屋に返すのだ、と渡された手切れ金が一分ある。中山道を板橋宿まで来て戸田川の渡しを待っているところで長吉は一つの決意をする。郷里には帰れない、ここで身を投げて死のうと。懐の一分で好きなだけおまんまを食べ、それから死ぬのである。穏やかならぬ覚悟を決めた長吉は、一軒の宿屋に入り、頼む。「この一分でおらにおまんまを食わせてくだせえ」。

 このあとで思わぬ出来事があり、長吉の運命は開ける。この落語でいちばんの決め台詞は「まんまの仇」だろう。左談次のそれは実に気持ちよく、聴いていてすかっとした。スポーツものの王道展開である。よい「まんまの仇」を聴いて気分がよくなったところで、演者全員が再び揃うカーテンコールがあり、三本締めでお開きになった。子供はこれが落語初鑑賞、妻もほとんど生では聴いたことがないと思われる。最初の落語会がここでよかった。実に充実した休日でありました。

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