6/25第54回人形町らくだ亭 「水屋の富」「青菜」「首ったけ」


これも一週間前の落語会のことを思い出しながら書いている。
 人形町らくだ亭は、柳家小満ん、柳家さん喬、五街道雲助、春風亭一朝、古今亭志ん輔の四真打ちがレギュラーとなり、このメンバーとゲストを交えて毎回の落語会を構成するという形式の定例落語会だ。
 今回の番組は以下の通り。

開口一番 林家なな子 味噌豆
立川志の春 権助魚
水屋の富 柳家さん喬

中入り

青菜 柳家小里ん
首ったけ 柳家小満ん

 林家なな子は正蔵の五番目の弟子ということである。口調はまだ芸人のものではなかった。がんばってもらいたい。

 立川志の春は志の輔の弟子で、イェール大卒で商社勤務があるという異色の経歴がある落語家である。「権助魚」は旦那のお囲い者がどこの誰なのか尾行してつきとめてこいと奥様に言われた権助が、その旦那に倍の小遣いをもらって寝返る。旦那はお得意と会って柳橋に繰り込み、興が乗って大川で網を打ち、その後は湯河原に商用に行った、という口裏合わせをそのとおり喋ったのはいいものの、肝腎のところで失敗をしてしまう。奥様の前での言い訳が珍妙で、ナンセンスの雰囲気漂う噺である。

 次のさん喬「水屋の富」が私は良かった。この日に上がった三人の真打ちは全員が故・五代目柳家小さんの直弟子であり、さながら一門会の様相を呈していたのだが(志の春は、小さん→談志→志の輔という曾孫弟子にあたる)、柳派の「ちょっとした台詞や所作に登場人物の内面が現れる」という特長をそれぞれの形で背負い、高座に格調の高い、しかし心地よい空間を作り上げていた。

「水屋の富」は劇的な展開のある噺である。水屋というのは、海に近くて水の悪い一帯に井戸水を運搬して販売するという職業である。荷が荷であるだけに重労働なのだが、なにしろ水が無ければ人は生活できないのだから、毎日決まった時間に得意先を訪れなければいけない。自身の得意先を周っていれば食いはぐれはないが、逆に言えばそれらの家に縛られる生活をしているということでもある。そうした厳しい職業の人であるということが噺の前提にある。

 そうした水屋の一人が、仲間に言われて買った富くじに当たる。金に縁がない水屋が信じられない幸運に動転するくだりは「宿屋の富」と同じ演出なのだが、そこから八百両(半年待ってもらえば千両なのだが、今すぐだと立替代を差し引いて八百両と説明が入る)を持って家に書け戻り、長屋のどこに金を隠そうかと思案するあたりまでが逐次丁寧に演じられる。富くじに当たったところまでは幸せな噺という雰囲気なのだが、この金を隠すあたりから雲行きが怪しくなってくる。なにしろ、どこに隠しても盗人に見つかってしまいそうで、水屋は気が気でないのである。結局畳を上げて縁の下に隠すことになる。竹竿を持ち出して、その八百両をつつき、確かにそこにあるということを確認するのだ。

 ここからが「水屋の富」の聞きどころで、水屋が入眠すると枕頭に盗人が現れる。ぶすっと刺されて、「ああ、夢か」と気づくまで1セットで、水屋はすっかり眠れなくなってしまうのだ。昼は昼で、八百両のことが気にかかって商売どころではない。そのため得意先に叱られ、青菜に塩の弱り目になって帰ってくると、またぞろ夜の悪夢が待っていて、といった具合に妄執と不安の日々が始まってしまう。商売を辞めて家にいられれば不安は無くなるのだが、水屋という稼業がそれを許してくれないのである。

 水屋が悪夢を見るところと商売に出かけようとして疑心暗鬼にかられるくだりはカットバックしながら語られていき、客は水屋の混乱した心境の中に閉じこめられてしまうのである。この噺は五代目古今亭志ん生の持ちネタとして有名であり、息子である志ん朝(いずれも故人)も演じていた。現在では五街道雲助とその弟子の桃月庵白酒も高座にかけているが、雲助も志ん生の長男である故・金原亭馬生の弟子であり、その意味では古今亭系統の噺といっていいと思う。思い切ったカットバックのやり方と、持ちつけない大金を持った貧乏人の心情が滲み出てくる演出などは、志ん生の独壇場と言っていいだろう。実はさん喬の師匠である小さんも「水屋の富」は演じていたはずなのだが、記憶にある限りでは私は聴いたことがない。だからさん喬が誰からこの噺を習ったのかは不明である。

 後半にどんどんサスペンスが高まっていく演出が見事な落ちにつながるのだが、さん喬は最後の一言で見事にその展開を締めくくってみせた。喉から手が出るほどほしかった金が逆に重荷になってしまう皮肉があるので、この噺には価値観の逆転と言ってもいいほどの心理の落差が生まれる。それをわずか数語の落ちで表現してみせる手腕は見事の一言である。さん喬は本所の出身であり、この噺にも子供の頃吾妻橋付近でレモン水を買ってもらった、という枕を振っていた。東京ことばの口調を決して崩すことなく、非日常の世界に迷い込んだ男の悲劇を表現したという点もおおいに評価したいと思う。

 中入り後は小里んの「青菜」で、これも結構な出来。屋敷出入りの植木屋が主に酒肴を振る舞われる。その際主が菜のお浸しを出してくれようとするのだが、生憎と切らしてしまっていて厨房にない。そのことについて奥方が「旦那様、鞍馬から牛若丸が出でましてその名を九郎判官」、主が「では義経にしておけ」というやり取りがある。隠し言葉で「菜はくろう(食らう)てしまって無い」「ではよし(止し)つねにしておけ」の洒落だ。それにすっかり感心して帰った植木屋が女房に「お前にはそんなことは言えまい」と言うと、「言えるともさ」と返される。では、というので近所の者を招きいれて屋敷のやり取りの再現になるという噺である。

「言えまい」「言えるともさ」のやり取りの後には女房が「だから(屋敷の主が植木屋に振る舞った)鯉の洗いを食わせてみな」というくすぐりがあるのだが、小里んはこれを省いて演じていた。小里んが師の芸について語った『五代目小さん芸語録』(中央公論新社)でもこの青菜が採り上げられており、それぞれの登場人物を演じる難しさについて述べられている。鷹揚な旦那をマンガにならないように演じることは難しく、一般人からかけ離れた存在の分限者が自然に出てくるために小さんは相当の稽古を重ねたのだろうと言う。目から鱗が落ちたような思いがしたのは植木屋夫婦のやり取りを「夫婦愛」の顕れだとしたことで、共に年を重ねた夫婦ならではの情がそこに出ているという指摘には納得した。ああ、じゃれているな、と思うのは、植木屋が二人の馴れ初めである見合いについて語るくだりで、なんと動物園での待ち合わせであったという。「カバの檻の前で待たされていたのは、その間に顔に馴染みをつけようとする算段だろう」というような馬鹿馬鹿しい会話なのだが、そこに夫婦の仲の良さを見出すべきということなのだろう。

最後の「首ったけ」も古今亭志ん生の持ちネタだ。吉原噺の一つであり、冒頭でまず懐かしい廓の情景が描かれる。吉原独自の制度として「まわし」があり、一人の妓が複数の男を相手にする。そこで悶着が起きるのを防ぐために「焼餅は野暮だ」などと客に我慢を強いる文化が生まれたのであり、廓噺がセックスという生々しい題材を扱うにも関わらずエロやグロの要素が抑えられている背景には、こうした独自の精神文化をクッションに置いて語られるという事情がある。そうしたことどもを志ん生が実に嬉しそうに語っている音源が、CDとなって残っている。小里んはその原型を忠実に再現し、「蛙の女郎買い」などの基本の小噺も振った上で本篇に入った。

 居職の職人である辰五郎は紅梅という花魁となじみになり、登楼したのだが、その日はなかなかまわしがやってこない。遅くに上がった団体客がおり、夜も遅いのにどんちゃん騒ぎ。それに付いた妓の一人に紅梅がいたのである。心中穏やかではない辰五郎は若い衆を呼んで厭味を言い、紅梅にも文句を言う。ここで本来なら柔らかくとりなすのが妓の役目だろうが、酒が過ぎていたのか紅梅はとんと突き放すようなことを言ってしまう。腹を立てた辰五郎は店を飛び出し、向かいの店に登楼する。そこの若柳という若い花魁と意気投合し、連日のように通うようになる、というのである。野暮とは言われたくないが女が来ないのも癪に障り、という心情が客(特に男性の)の共感を呼ぶ。細かいところだが、若柳と辰五郎が意気投合する理由を、若柳が浅草の出身で辰五郎とは気性が合う、と説明を入れたところも良かったように思う。

 誠に結構な落語会でございました。7、8月は開催がなく、次回のらくだ亭は9月であるとのこと。

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