珍書『談志 天才たる由縁』のここがひどいよ・その1(エンタメ・落語篇)


 遅ればせながら菅沼定憲『談志、天才たる由縁』(彩流社)を読んだ。
談志天才たる由縁

 構成作家の著者は1936年生まれと、立川談志とは同い年で、二つ目の柳家小ゑんから親交があったという。その視点から語られた月旦で、芸評というよりは人物評判記であり、他では聞けない、読めない話が多数収録されている点がよい。特に夭折した天才プロデューサー・湯浅喜久治の人となりや談志との関係が書かれたものは他にはない。また、毒蝮三太夫誕生の瞬間について語っている点も貴重である。

 そういった美点は多々あるので談志ファンは読んで損のない本だが、問題はこの本、誤字・脱字と事実誤認があまりにも多く、同人誌と見紛う内容なのである。その点が気になりすぎ、本来は「水道橋博士のメルマ旬報」の「マツコイ・デラックス」書評のために詠み始めたのに、見送ってしまった。単なる誤記なら見逃せるのですが、元放送業界にいた方とは思えない致命的なミスが散見されるのでねえ。彩流社はきちんと校正しようよ。せっかくの内容が、台無しとは言わないけど五割方魅力を失ってしまってるよ。

 というわけで、『談志、天才たる由縁』の気になった個所をここに列挙しておく。誤字・脱字のたぐいは挙げだすときりがないので、とりあえずは事実誤認と思われる個所について。

1)エンターテインメント全般に関するもの

「映画『脱出』の主題歌『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』だ」(p17)

 まずこれ。映画ファンならずとも気づくところで「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は1942年製作の『カサブランカ』の主題歌である。『脱出』は1944年の製作で、ハンフリー・ボガートとローレン・バコールが出会うきっかけを作った作品。この個所は談志の台詞なので、『本人がそう言ったんだ』という言い訳も成り立つかと思うが、洋画に関しては異常なほどの記憶力を誇った談志がそんな基本的な間違いをするとは考えられない。
 とにかく、こういう記憶違いをそのまま書いた文章が多すぎるのである。
 ここも読んでいて盛大につんのめった。

「一九七〇年代――、
 テレビジョンは二十四時間放送をはじめました。内容は古いドラマやドキュメンタリーの再放送や政治や経済の評論家のトークショー。田原総一朗が司会する「朝まで生テレビ」が好評でした」(p44)

 え?「朝まで生テレビ」って1970年代から始まってたの? とびっくりしたが、そんなことはない。1987年放送開始のはずである。テレビ史は専門ではないので迂闊なことがかけないが、24時間放送が行われるようになったのは少なくとも1980年代に入ってからで、その是非が議論になったこともあったはずだ。私は東京都の生まれだが、子供のころにいわゆる「砂嵐」を観ている。放送休止時間があったからこそである。上の文章も「二十四時間放送を始め、やがては『朝まで生テレビ』のような人気番組も」というような文意だとしたら問題ないのだが、それにしても乱暴すぎるだろう。
 この記述もおかしい。

「七〇年代以来、テレビジョンのパワーが強力になり、そこにグループ・コメディが発達します。ハナ肇とクレージーキャッツや、いかりや長介とザ・ドリフターズなどです」(p99)

 これだと両グループともテレビが生み出した人気者のように見えてしまって気の毒だ。ザ・ドリフターズなどは1966年のビートルズ来日時の前座まで務めているのに。
 言うまでもなく両グループとも1960年代のジャズ喫茶での演奏などで人気を博してのしあがってきたバンドマン出身である。ザ・ドリフターズ(『いかりや長介の~』と名乗っていた時期はなかったのではないか)の「8時だョ!全員集合」の開始は1969年だからいいとしても、ハナ肇とクレージーキャッツがテレビにグループ出演していた時期は1960年代のはずだ。「おとなの漫画」が1964年に放映終了し、「シャボン玉ホリデー」も1972年には終わっているのだから。

2)落語に関するもの

 間違いというわけではないが、以下の紹介の仕方はひどい。小ゑん時代の談志が演じた「芝浜」についてのものである。

「ある日、魚屋の男が浜で大金の入った財布を拾います。これは神様のおぼしめしだ、と感じた男は翌日から心を入れ替えて仕事に励みます。そして、家に帰ると妻が土下座しています。大金の入った財布を失くしてしまった、ということです。「いいさ、オレはしっかり働くから」と夫。「ありがとう」と泣く妻。じつは財布を失くしたというのはウソで、妻は夫が金に溺れるのをおそれたのです」p23

 私の知っている「芝浜」となんか違う! もし道徳の教科書に「芝浜」が載ることになったらこういう話になるのだろうか。だいたい「お前さん、起きとくれよ」のくだりが無いので「芝浜」のもっとも大事な「亭主が夢を見たことにして妻が騙す」という構成が消えてしまっているではないか。また、「いいさ、オレはしっかり働くから」の台詞は「芝浜」で聞いたことが一度もない。エンターテインメントに必要な「落として上げる」がこれでは成立せず、亭主が勝手に更生したことになる。こんなつまらなそうな「芝浜」紹介は生まれて初めて見た。
 もう一つ、乱暴だな、と思ったもの。

「庭で弟子を迎えた談志はいきなり「孝行糖」を演じはじめます。これは孝行糖という変な菓子を売り歩くナンセンスな落語です。「孝行糖、孝行糖。テンツクツ、ステテンテン」という強引なサゲで終わります」(p89)

 いや、それじゃサゲられないって。
 たしかに「孝行糖」は与太郎が鳴り物入りで飴を売り歩く噺ではあるが、下げはきちんと地口になっている。わけあって侍に棒で叩かれた与太郎が「どこを叩かれた」と聴かれて「ここと、こことー」というのが「孝行糖」の洒落になっているというオチだ。くだらないとは思うけど、強引ではないだろう。それにサゲには鳴り物は入らない。

  これだけでもかなり脱力されたと思うが、ひどいのはこれからなのである。
(つづく)

以下のとおり杉江松恋プロデュース落語会を予定しております。
2/20(金)19:00~ 立川談慶独演会「談慶の意見だ #4」ゲスト:玄秀盛(公益社団法人 日本駆け込み寺代表) トリネタ:「子別れ」

2/21(土)21:00~ 「落語立川流二つ目1年生、立川笑二ネタおろしの会」

2/22(日)1:00~ 立川談四楼独演会「オールナイトで談四楼7 終電から始発まで噺っぱなし」

2/24(火)19:30~ 「ヲタク落語の星・春風亭吉好参上!ゲスト:會川昇(脚本家)」