Category Archives: 杉江松恋

珍書『談志 天才たる由縁』のここがひどいよ・その1(エンタメ・落語篇)

 遅ればせながら菅沼定憲『談志、天才たる由縁』(彩流社)を読んだ。
談志天才たる由縁

 構成作家の著者は1936年生まれと、立川談志とは同い年で、二つ目の柳家小ゑんから親交があったという。その視点から語られた月旦で、芸評というよりは人物評判記であり、他では聞けない、読めない話が多数収録されている点がよい。特に夭折した天才プロデューサー・湯浅喜久治の人となりや談志との関係が書かれたものは他にはない。また、毒蝮三太夫誕生の瞬間について語っている点も貴重である。

 そういった美点は多々あるので談志ファンは読んで損のない本だが、問題はこの本、誤字・脱字と事実誤認があまりにも多く、同人誌と見紛う内容なのである。その点が気になりすぎ、本来は「水道橋博士のメルマ旬報」の「マツコイ・デラックス」書評のために詠み始めたのに、見送ってしまった。単なる誤記なら見逃せるのですが、元放送業界にいた方とは思えない致命的なミスが散見されるのでねえ。彩流社はきちんと校正しようよ。せっかくの内容が、台無しとは言わないけど五割方魅力を失ってしまってるよ。

 というわけで、『談志、天才たる由縁』の気になった個所をここに列挙しておく。誤字・脱字のたぐいは挙げだすときりがないので、とりあえずは事実誤認と思われる個所について。

1)エンターテインメント全般に関するもの

「映画『脱出』の主題歌『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』だ」(p17)

 まずこれ。映画ファンならずとも気づくところで「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は1942年製作の『カサブランカ』の主題歌である。『脱出』は1944年の製作で、ハンフリー・ボガートとローレン・バコールが出会うきっかけを作った作品。この個所は談志の台詞なので、『本人がそう言ったんだ』という言い訳も成り立つかと思うが、洋画に関しては異常なほどの記憶力を誇った談志がそんな基本的な間違いをするとは考えられない。
 とにかく、こういう記憶違いをそのまま書いた文章が多すぎるのである。
 ここも読んでいて盛大につんのめった。

「一九七〇年代――、
 テレビジョンは二十四時間放送をはじめました。内容は古いドラマやドキュメンタリーの再放送や政治や経済の評論家のトークショー。田原総一朗が司会する「朝まで生テレビ」が好評でした」(p44)

 え?「朝まで生テレビ」って1970年代から始まってたの? とびっくりしたが、そんなことはない。1987年放送開始のはずである。テレビ史は専門ではないので迂闊なことがかけないが、24時間放送が行われるようになったのは少なくとも1980年代に入ってからで、その是非が議論になったこともあったはずだ。私は東京都の生まれだが、子供のころにいわゆる「砂嵐」を観ている。放送休止時間があったからこそである。上の文章も「二十四時間放送を始め、やがては『朝まで生テレビ』のような人気番組も」というような文意だとしたら問題ないのだが、それにしても乱暴すぎるだろう。
 この記述もおかしい。

「七〇年代以来、テレビジョンのパワーが強力になり、そこにグループ・コメディが発達します。ハナ肇とクレージーキャッツや、いかりや長介とザ・ドリフターズなどです」(p99)

 これだと両グループともテレビが生み出した人気者のように見えてしまって気の毒だ。ザ・ドリフターズなどは1966年のビートルズ来日時の前座まで務めているのに。
 言うまでもなく両グループとも1960年代のジャズ喫茶での演奏などで人気を博してのしあがってきたバンドマン出身である。ザ・ドリフターズ(『いかりや長介の~』と名乗っていた時期はなかったのではないか)の「8時だョ!全員集合」の開始は1969年だからいいとしても、ハナ肇とクレージーキャッツがテレビにグループ出演していた時期は1960年代のはずだ。「おとなの漫画」が1964年に放映終了し、「シャボン玉ホリデー」も1972年には終わっているのだから。

2)落語に関するもの

 間違いというわけではないが、以下の紹介の仕方はひどい。小ゑん時代の談志が演じた「芝浜」についてのものである。

「ある日、魚屋の男が浜で大金の入った財布を拾います。これは神様のおぼしめしだ、と感じた男は翌日から心を入れ替えて仕事に励みます。そして、家に帰ると妻が土下座しています。大金の入った財布を失くしてしまった、ということです。「いいさ、オレはしっかり働くから」と夫。「ありがとう」と泣く妻。じつは財布を失くしたというのはウソで、妻は夫が金に溺れるのをおそれたのです」p23

 私の知っている「芝浜」となんか違う! もし道徳の教科書に「芝浜」が載ることになったらこういう話になるのだろうか。だいたい「お前さん、起きとくれよ」のくだりが無いので「芝浜」のもっとも大事な「亭主が夢を見たことにして妻が騙す」という構成が消えてしまっているではないか。また、「いいさ、オレはしっかり働くから」の台詞は「芝浜」で聞いたことが一度もない。エンターテインメントに必要な「落として上げる」がこれでは成立せず、亭主が勝手に更生したことになる。こんなつまらなそうな「芝浜」紹介は生まれて初めて見た。
 もう一つ、乱暴だな、と思ったもの。

「庭で弟子を迎えた談志はいきなり「孝行糖」を演じはじめます。これは孝行糖という変な菓子を売り歩くナンセンスな落語です。「孝行糖、孝行糖。テンツクツ、ステテンテン」という強引なサゲで終わります」(p89)

 いや、それじゃサゲられないって。
 たしかに「孝行糖」は与太郎が鳴り物入りで飴を売り歩く噺ではあるが、下げはきちんと地口になっている。わけあって侍に棒で叩かれた与太郎が「どこを叩かれた」と聴かれて「ここと、こことー」というのが「孝行糖」の洒落になっているというオチだ。くだらないとは思うけど、強引ではないだろう。それにサゲには鳴り物は入らない。

  これだけでもかなり脱力されたと思うが、ひどいのはこれからなのである。
(つづく)

以下のとおり杉江松恋プロデュース落語会を予定しております。
2/20(金)19:00~ 立川談慶独演会「談慶の意見だ #4」ゲスト:玄秀盛(公益社団法人 日本駆け込み寺代表) トリネタ:「子別れ」

2/21(土)21:00~ 「落語立川流二つ目1年生、立川笑二ネタおろしの会」

2/22(日)1:00~ 立川談四楼独演会「オールナイトで談四楼7 終電から始発まで噺っぱなし」

2/24(火)19:30~ 「ヲタク落語の星・春風亭吉好参上!ゲスト:會川昇(脚本家)」

7/5立川談慶独演会「談慶の意見だ」 「お見立て」「抜け雀」

以前から進めてきた立川談慶独演会の第一回である。先行している立川談四楼独演会は「真の深夜寄席」ということで洒落のわかる大人の社交場という意味がある。それに対しこちらは談慶さんが新しいことに挑戦していく「実験の場」だ。
 ファンを大事にする談慶さんらしく、大勢のお客が詰めかけてほぼフルハウスになった。

 以下は演目。演者はすべて立川談慶である(ここから敬称略)。

 絵手紙漫談
 お見立て

 中入り

 抜け雀

 事前告知で落語の他にもう一つ趣向がある、と謳っていたのがこの絵手紙漫談だ。談慶には絵手紙という特技があり、『談慶の意見だ』(信濃毎日新聞社)という著書もある。それを会場内のモニターにそれを一枚ずつ映写し、談慶がコメントをつけていくというもの。いわゆるフリップ芸を想像していただければいいと思う。
 今回は初めての試みということで手探り状態だったが、会場の反応もよく、これはいけるという感触をご本人も掴んだようだ。この落語会の名物になりそうなので、次回お越しいただく方はぜひ楽しみにしていただきたい。
 ちなみに会場では、絵手紙のセットも販売してみた。その一枚はこんなのである(談慶師撮影の写真を借用)。
syabuyorisyabusyabu
 中入りのときに「ASKA容疑者保釈記念です」と言ったら、よく売れた。

 さて本題の落語のほうだが、一席目は「お見立て」である。吉原には廻しという制度があり、一人の妓が一晩に複数の客をとった。均等に遊ばせてくれるわけではなく、当然客あしらいにも濃淡がある。気に入らない客であれば相手にされないこともあるわけだ。当然それには不満も生じようが、うまくしたもので文句を言うのは野暮だという殺し文句があった。金を払って振られていれば世話がないが、そういうものだったのだろう。
 ところがここに、金があって情もある客がいる。花魁の喜瀬川が「年季が明けたら夫婦になろう」と言った約束も無邪気に信じている。だがそれは真っ赤な嘘であり、当の喜瀬川はその杢兵衛大尽を蛇蝎の如く嫌っている。ある日ついに、その席に出るのが絶対に嫌だと言い出し、若い衆に適当な嘘をついて追い返してくれとだだをこね始めるのである(廻しがあるわけではなく、のんびりと煙草をふかしながらのわがままなのでなお始末が悪い)。その無理難題を担わされた若い衆が純朴だが自分の思いを遂げるまでは脇目もふらない杢兵衛大尽と花魁のわがままの間で困り果てる、という噺だ。

 本日は可愛らしい中学生のお客さんがいたもので、談慶はかなり言葉を選びながら噺に入っていった。冒頭に「これはストーカーをいかに封じるかという話だ」という演者の解釈があっての口演である。これが談慶の特徴で、自身の解釈をわかりやすく客に伝えるようにしている。師匠談志譲りの手法であるが、初めて落語を聴くようなお客にとっては、切れ目を入れて噺の構造を見せるような効果があると思うのでいいのではないか。もっともこの噺、いちばん好人物に見えるのはストーカーの汚名を着せられた杢兵衛大尽なのである。

 喜瀬川はとことん厚かましくしれっとしており、若い衆が追いつめられてどんどん疲弊していく。そのコントラストが本編の楽しみどころだろう。最後の落ちの仕込みがやや急ぎ気味に見えたが(杢兵衛大尽を連れて墓参りに行くくだりに落ちのネタを仕込むやり方なのだが、そこが少し早口であった)、他は問題なし。結構な一席であった。

 中入り後は「抜け雀」である。談志はやらなかった名人伝の一席で、五代目古今亭志ん生の得意ネタであった。東海道の小田原宿に汚い身なりをした男がやってくる。士分のようなのだが、明らかに一文無しなのである。当然宿屋の客引きは彼を無視するが、相模屋という宿屋の主が彼を招きいれてしまう(客が「わしに声をかける男がおったか。こういう(間抜けな)者が社会を下支えしておるのだな」と述懐するのがおかしい)。

 男は一文無しなのでしばらく酒ばかり飲んで暮らしている。宿屋の主は婿養子で女房に頭が上がらないのだが、ついに言い負かされて男に宿賃を貰いにいくことになる。男はそこで自分が一文無しであることを明かし、職業は画工であるので絵で支払うと言い出すのだ。そこにあった無地の衝立に五羽の雀を描き、一羽一両で五羽で五両だと宣言、自分が戻るまでこの衝立を売ってはならんと言い残して彼は上方へと向けて旅立って行った。この衝立の雀が、朝日を浴びると絵から脱け出し、外に餌をついばみに行くのである。評判を聞きつけた客によって相模屋はおおいに潤い、さらに小田原藩主までもこの衝立を見物にやってきて千両という高値をつけるに至る。そうやって左団扇で相模屋が浮かれているところに、今度は年配の男が訪れてくる。その男から相模屋は衝撃の事実をつきつけられるのだ。

 談慶が自家薬籠中のものにしている一席である。談慶の「抜け雀」は、まず相模屋がおかしい。彼はなぜか客引きをすると一文無しばかりを捕まえてしまうのである。女房曰く「うちは奇跡の旅籠って言われてるんだよ。ここ一年一文無しばかり泊めているから。それでなんとかなっているのが不思議だって」。なぜなんとかなっているのかというと、一文無したちが不思議に芸達者で、画工のように何かを残していくからである(画工の泊まった部屋の調度が一文無したちの置き土産だけで出来ている、というギャグが笑える)。この相模屋の亭主がキーマンで、画工が一文無しであったことを女房に告げるときに「あのお客はわかりやすく言うと、お客じゃなかった」とおそるおそる言ってみたり、衝立から雀が抜けだすことを近所に触れて回って「相模屋さん、ついにおかしくなっちゃった。あんなにおかみさんにやかましく言われてばかりじゃねえ」と同情されたり、おっちょこちょいで小心者で、自分の出来があまりよくないことを自覚しているという、愛すべきキャラクターである。

 さらに談慶は、この噺の隠しテーマとして「親子の情」を取り入れた。これは画期的な工夫だと思う。「自分たちに子供がないから、最近では雀たちが我が子のように感じられてきた」と相模屋が吐露するのがいい。彼は雀たちに「チュンの助」などとそれぞれ名前をつけて可愛がってもいるのだ。だからこそ後から訪れた老人に「衝撃の事実」をつきつけられると、雀たちが心配になってしかたなくなる。このエピソードが伏線となり、オリジナルの落ちにつながっていく。本来の落ちは旧くてよくわからないものだが、談慶の落ちは現代人の心の琴線にも触れるであろう、納得のいくものである。機会があれば、ぜひ聴いてみていただきたい。

 ちなみに今回わかったことが一つ。最初に登場する画工は江戸から上方へ向けて旅をしている。一文無しなので宿に泊まることもできず、おそらくは戸塚か藤沢あたりで前夜は野宿をしたのであろう(本人がそう言っている)。しかし江戸から小田原宿までは、昔の人であれば二日でたどり着くであろう距離だ。野宿をしたのも一泊きりである。つまり彼が汚いなりをしているのは旅の汚れではなくて、普段からそういう尾羽打ち枯らしたかっこうなのだ、と解釈すべきだと思う。その証拠に噺の終盤で西国から戻ってきたときは、長旅にもかかわらずぱりっとした装いなのである。そこまで疲弊した状態から長旅に出ようと決意したというのは相当のことがあったのではないかと考えられる。彼を江戸から追いやったものは何か、ということが私には気になった。

 終演後はいつもの通り宴会である。談慶さんはお客さんを大事にするので、とてもよい雰囲気の会となった。次回は9月13日(土)の開催、トリネタは「井戸の茶碗」に決定している。ぜひみなさんもお運びを。
10534542_720926561307105_349511797402180067_n

本日は立川談慶独演会「談慶の意見だ」開催日です!

75807716

 今週はあんまり落語会行ってないなーと思ったけど、その欲求不満を解消させていただきます。
 トリネタは「抜け雀」。他に落語2席+αの予定ですが、談慶さんは他でお客さんがあまり見たことがない落語会をお見せしたいと意気込んでいるので、どんなことになるのか楽しみです。
 私はいつもどおり定位置の下足箱前におりますので、ご用の方はお気軽に声掛けください。

 ちなみに、レイアウトをいじればまだ当日券は出せると思います。急に予定が空いた、落語が聴きたくなった、という方は新宿五丁目ビリビリ寄席へいらしてください。

 詳細はこちら

6/28(館林)談四楼・鶴瓶二人会 「三年目」

なかなか得がたい体験をした。
 群馬県館林で立川談四楼さんと笑福亭鶴瓶さんが二人会を開かれるという情報を聞きつけたのが一月前のことである。談四楼さんはもちろん聴きたいし、最近の鶴瓶落語がどうなっているのかにもたいへん興味がある。ようようのことでチケットを手に入れたときには、至福そのものであった。

 しかしスケジュールの確認をして愕然となる。その日は17時半から始まる、本格ミステリ大賞贈呈式の司会をしなければいけないことになっていたのである。落語会が始まるのが14時、終わるのが16時40分である。全部聴いていてはもちろん間に合わない。この贈呈式、私は絶対に欠席できないのである。なにしろ、司会役を務めることになっているのだから。

 自分の迂闊さを呪ったが(実はもう一件バッティングしていて、そちらもお断りした)、重なっているものは仕方ない。とりあえず館林には行ってみることにした。肚積もりとしては、

・二人会というからには、二席ずつか、どちらかが一席で合計三席ということになるだろう。
・とすれば中入り前に談四楼・鶴瓶が一席ずつ上がれば、二人とも聴ける算段である。
・口演中に抜けるのはさすがに失礼なので、中入りで脱け出して帰ろう。
・会場は館林駅から徒歩で20分、タクシーで5分の距離だが、場合によってはタクシーを会場前に待たせておこう。

 というような算段である。
 ちなみに拙宅から館林までは約2時間、館林から贈呈式の会場までも約2時間、往復4時間かけて1時間落語を聴きに行くことになる。なんて贅沢な落語会!

 そんなわけで28日の土曜日、13時2分北千住発の東武鉄道特急「りょうもう17号」の乗客になったのであった。
2014062813030000
 小旅行だし、昼を食べる時間がなかったので駅弁を購入した。この「なつかしの18品目弁当」はご飯が足りなくなるほどおかずが充実した、いい弁当である。北千住駅1・2番線ホームの先に特急専用ホームがあるのだけど、その手前の売店にある。東武鉄道の弁当は侮れない実力だ。

 駅弁を食べてしまうともう館林到着。1時間も乗っていないのである。駅前でタクシーを拾って会場である館林市三の丸芸術ホールに着いたのが13時58分、開演ぎりぎりである。係りの方の誘導に従って席に着いた。
 前座は立川談四楼弟子の寸志である。「やかん」を軽快に喋って客席を暖め、お役御免となった。

 続いて上がった立川談四楼が「鶴瓶さんがいかに忙しく日本中を飛び回っている落語家か」という話題から噺を始める。この6月28日の午後だけが奇跡的にすっぽりと空いていたのだという。そして、「お後は鶴瓶さんが落語を二席」との一言がある。先に談四楼が上がっていることからしても、一席・二席で三席の勘定か。思わず時計を見ると、すでに14時20分である。17時に東京に戻っているためには、15時35分のりょうもうに乗ってとんぼ返りしなければならない。ということは鶴瓶は聴けないことが確定? いやいや、この後鶴瓶が上がって中入り、そして長講一席という可能性もある、と素早く頭の中で計算を巡らせた。さっきのタクシーのレシートで無線の番号は調べてある。とりあえずぎりぎりまで落語を聴こう。
 談四楼が結婚式の枕を振り始めた。

 結果から書いてしまうと、鶴瓶は聴けなかったのである。談四楼が一席終わったところでそろそろ15時。中入りの告知はなく、寸志が釈台を運んでくるのが見えた。ということはこのまま鶴瓶が上がって二席連続なのだろう。諦めて席を立った。二席連続ということになると、噺の切れ目でも立てない。隣のお客さんに迷惑だし、なにより演者から見えたときに集中力を削ぐことになるからだ(自分の噺がまだもう一席あるのにお客さんが帰りだしたら、繊細な演者なら投げてしまうだろう)。
 外に出てタクシーを呼び、館林駅に戻った。
 そして駅前の狸に見送られながら、帰途についたのである。
2014062815100000

 負け惜しみで言うのではないが、談四楼が演じた「三年目」は結構であった。怪談の範疇に入るが、
決して怖い噺ではなく、むしろ微笑ましい印象が残る。仲睦まじい夫婦の妻が病を得てしまい、死の床に就く。夫はほうぼう手を尽くすが、みるみる病人は弱っていく。あるとき彼女は枕頭の夫に、死ぬのは運命だから仕方ないが、自分が目を瞑った後に夫が後添いをもらい、同じように可愛がるのかと思うと悔しくて仕方ない、と告白するのである。夫は彼女の気を休めるために一つの約束をする。自分はこの店の跡取りなので確かに縁談を世話されるかもしれないし、断り切れないこともあるだろう。しかしそうなったら、お前が化けて出てくればいい。婚礼の晩に先妻の幽霊が出てくれば悪い噂が立つし、縁談の世話の仕手もいなくなるだろう。そう言ってきかされたのち、病人は安心したのか、帰らぬ人になってしまう。

 これが序盤の展開で、そこから予想通り縁談が持ち込まれる、婚礼の晩になる、というのが中盤。しかし先妻の幽霊は出てこず、そのまま三年の歳月が経ってしまうのである。

 噺の後半は、新しい妻と、生まれた子供と一緒に主人公が先妻の墓参りに出かけ、帰ってくるというところから始まる。その晩になって主人公がしみじみと「あれが生きていればこうして子供が生まれて仲良くしていられたものを、死ぬ者貧乏というが本当にその通りだ」と述懐する場面が私はお気に入りである(談四楼の台詞にはなかった)。
 昭和の名人では六代目三遊亭圓生の口演が有名だが、私は五代目古今亭志ん生(共に故人)も好き。墓参りに行った主人公が胸のうちでそっと「婚礼の晩に出てくるといったけど、出てこないじゃないか。どうしちゃったんだい。向こう(あの世)にいい人でもできちゃったのかい」と言うのがいかにも志ん生らしくていいのである。最後のほうで先の女房の幽霊が出てきて後添いをもらった恨みを言うと、「恨めしい? うらめしいってのは裏に飯屋があるからうらめしやって言うんだ」「そんなむく犬のケツに蚤の入ったようなことを言っても、もう遅いよ」「あたしゃ、幽霊に掛け合うよ」とぽんぽんいいフレーズが飛び出してくる。そこに仲の良かった夫婦ならではの甘えや拗ねた様子も見えて好ましいのであった。

 談四楼の「三年目」は大人の恋愛噺になっている。最初に結婚式の枕をふっているのもそのためで、冒頭にはいかに最初の夫婦が似合いの二人であったかということが語られる。また後添いをもらった婚礼の晩の演出もよく、主人公は新妻を先に寝るように促して先妻の幽霊を待つ。妻は間違いなく初婚だろう、恥じらいながら床で夫がやってくるのを待つ。お互いに違う相手を待ちぼうけしているわけである。そうしたちょっとしたすれ違いが噺の聴き所になっている。演出はやや地噺(演者のナレーションが登場人物の台詞と同格の重みをもって噺の構成要素になる)に近く、談四楼という演者のキャラクターもたっぷりと味わうことができた。往復4時間がこの一席を聴くためにあったのだと思えば、行った甲斐もあるというものである。

=======================
7月5日(土)、立川談慶独演会「談慶の意見だ」まだまだ予約受付中です。
75807716

7月29日(火)、立川流二つ目の会は元・談志直門の3人が集結します。「談志DNA落語会」
2004談志DNAチラシ2

本日立川談四楼深夜寄席第3弾です&新落語会情報

本日25時(22日午前1時より)立川談四楼が真の深夜寄席に挑戦する、終電で来て始発で帰る「オールナイトで談四楼」第3回です。当日券もございますので、なんとなく家にいるのもつまらないとか、今新宿で遊んでいるんだけどまだ帰る気にはならないとか、そういう方はぜひお越しください。
 詳細はこちら
2014DanshirouAllNight2&3_b_w_l

 そして、新しい落語会の情報をお知らせします。
 7月29日(火)午後7時より、「談志DNA落語会」を開催いたします。
 出演者は、落語立川流二つ目の泉水亭錦魚、立川平林、立川談吉の御三方。
 このお名前を聞いてピンと来るかたは来るでしょう。
 そう、現在はそれぞれ立川龍志、談慶、左談次の一門に身を置いてはいますが、元は故・立川談志一門。談志の直門弟子として最後に教えを受けた三人が一堂に集結し、家元譲りの芸を競います。
 テーマは「談志の遺伝子をもっとも色濃く引き継いだ落語家は誰か」。この三人だからこその芸比べをどうぞ堪能ください。
 予約は間もなく開始。どうぞお早めに。
2004談志DNAチラシ2

 そして7月5日(土)は今が旬の落語家・立川談慶が新しいことに挑む落語会「談慶の意見だ」の第1回。
こちらもそろそろ予約が打ち止めになりそうです。迷っている方は今すぐどうぞ。
75807716

【拡散希望】落語会の告知用にこのブログを使いませんか?

本日はいつもと趣向を変えて、落語家の方に読んでいただきたくて投稿します。

 趣旨はタイトルに書いたとおりです。こちらのブログは新宿5丁目で私が企画している落語会の告知をするために始めたのですが、それにこだわらずに情報公開をしていきたいと思っています(自分が行った落語会について詳しく書いているのもそのためです)。

 プロの落語家で、自分の落語会についてここで宣伝してもらいたい、という方がいらっしゃったらぜひご連絡ください。フォーマットは「東京かわらばん準拠」でお願いします。特に字数制限とかはありませんし、画像やリンクを貼ることも可能です。

 また、自分のところで落語会を主催してプロの落語家をお招きするのだけど、宣伝をさせてもらえないか、というお申し出も歓迎します。その場合は、ビリビリ寄席の情報もそちらで公開していただけると嬉しいです。ビラなどがありましたら、お店に置き合うことでお互いの情報を広めませんか?

 一昨日、初めてプロの落語を生で鑑賞した家族にも言われました。落語会の情報は需要があるわりに共有がうまくいっておらず、欲しい人のところにちゃんと届いていないように思います。もし同じように考えておられる方がいらっしゃったら、ぜひ手を携えて告知をしていきましょう。

 というわけで、もし情報を送ってもいいよ、という方がいらっしゃいましたら、メールにてご連絡ください。

 sugiemckoy★gmail.com

 お手数ですが、上記の★を@に変えてメールを送っていただければと存じます。
 どうぞよろしくお願いいたします。

======================
6/22 立川談四楼さん深夜寄席の第3回です!
ご予約はお早めに。
2014DanshirouAllNight2&3_b_w_l

BIRIBIRI寄席の落語会、5月は準備の月です

4月27日(日)の立川談四楼さん独演会にお越しいただいたみなさまに改めて御礼申し上げます。
 当日は思わぬハプニングがあり、前回以上に慌てた落語会になってしまいました。その分反省も多いので、おいおいこのブログで書いていこうと思います。
 次の深夜寄席は6月22日(日)の開催です。みなさんお運びをお待ちしております。

 ゴールデンウィークが終わったので、また毎日ブログを更新してまいります。今月開催の落語会はありませんが、次月以降に向けてまたいろいろ仕込んでいきますよ。とりあえず今日も電話でですが、一人の落語家さんにお話をさしあげました。良い形に結実することを祈っております。

 明日は立川流日暮里寄席を聴きにいく予定です。
 出演は、吉笑・談奈・里う馬・談四楼・左談次・談慶(主任)とのこと。楽しみです。
 17時半まで飯田橋で仕事が入ってしまいましたので、終わり次第特急で日暮里まで駆けつけなくては。

 仕事があってなかなか落語会にもいけないのですが、来週は17日(土)に立川談幸さんの独演会に行くことが決まっています。品川心中を通しで演じられるそうで、これまた楽しみ。

10264432_384453125026532_7147014608484083375_n

前回の深夜寄席の裏側・その2

前回のつづき)

 立川談四楼独演会「オールナイトで談四楼」の準備段階で気付いた、困ったこと。
 BiriBiri寄席には楽屋スペースがなかったのでした。

 たしか事前に打ち合わせをしたときには飲み物を提供するカウンターの横が二畳分ほど縦長に空いていたはずなのですが、それが無くなっている。カウンターの位置をいじった結果、物で埋まってしまったんですね。
 これ、まずいじゃん。

「イダさん、どうするんですか。楽屋は」
「え、ありますよ」
「あるって、どこに?」
「ほら、そこに」

 見ると、高座を設置する場所の天井に、カーテンレールが引かれていました。

「これで仕切って、中で待機していただこうと思って」
「え、高座が楽屋ってことですか」
「そうですが、いけませんか」
「ダメですよ、そんなの!」

 聞けば、少し前に声優さんの登場イベントがあって、そのときはステージをカーテンで仕切る形で開演までは楽屋化していたのだとか。
 ということは、アレですか。落語会が開演したら、カーテンが開いて、そこから落語家さんがこんにちはするということですか。

「ええ、そういう風に考えていたんですが」

 天の岩戸が開くんじゃないんだから。

 これは素人考えですが、高座はきちんと客席から別たれた場所で(いわゆる結界の内)、もちろん楽屋とも一緒であってはいけないと思うのです。楽屋から出て、高座に上がることで落語家は落語家の顔になる。そのために出囃子も鳴らして「これが本番」というけじめをつけるのではないでしょうか。お年寄りの落語家で、足が不自由な方などは、当人が高座に上がるまで幕を閉めさせておく、という形で昇り降りをするそうですが、なんにもないのに御開帳はいけませんや。

「あー、それじゃ、客席の後ろを潰して、そこを楽屋にしましょう」
「仕切りは」
「スクリーンがありますよ」

 あ、それはいいですね。

 というわけで、会場にいらしたお弟子さんの立川寸志さんと見習いの大塚さんにも手伝っていただき、なんとか無事に楽屋の設営ができたのでした。
 さあ、いよいよ談四楼さんのお出ましです。

(つづく)

=====================
 立川談四楼さん第二回深夜寄席、まだまだ予約を受け付けています。

 こちらからご登録いただくか、フェイスブック公式ページ、このブログのコメントなどでご連絡をいただければ受付させていただきます。

2014DanshirouAllNight2&3_b_w_l

前回の深夜寄席の裏側・その1

杉江松恋です。いよいよ、今週末に立川談四楼さん独演会、第二回深夜寄席の日程が迫ってきました。
 終電でやってきて始発で帰る、酔狂な大人の落語会です。
 もう、予約は入れていただけましたでしょうか?
 まだの方はお早めに。こちらからご登録いただくか、フェイスブック公式ページ、このブログのコメントなどでご連絡をいただければ受付させていただきます。

2014DanshirouAllNight2&3_b_w_l

 ところで、前回の深夜寄席はBiriBiri寄席の杮落としとなる落語会でしたが、同時に私にとっても初めてお手伝いするプロの落語家の方の独演会でもありました。初めてだから、で済ませられる問題ではないのですが、とにかく当日はたいへんだったのです。

 何がたいへんかというと、まず会場がダブルヘッダーだったこと。午後十時半頃まで別のイベントが入っており、それが終わってから片付けをし、掃除をし、会場の設営をするという慌しさでした。
 午後十一時に会場に行ってみると、店主のイダさんはおらず、卓上には前イベントの懇親会の痕跡がほぼそのまま残っていました(店に来るときに前のイベントの人々と行き会ったから当然なのだけど)。
 さあ事だ。卓上を片付けるのはイダさんの領分だからいいとして、これから掃除をして、高座を組み、楽屋のスペースを確保した上で客席を作らなければなりません。頭がくらくらしましたが、まずは掃除を、と思って下足箱付近を掃くことから始めました。

 しかしあれだな。店においてあるホウキ、あれ使いにくいな。今度自前で買って持っていくか。

 BiriBiri寄席の高座は組み立て式です。一度でもお店にいらっしゃったことがある方は、「あれ、どこにステージなんてあるんだろう」と疑問に思われるかもしれません。普段は分解して脇に片付けてあるからです。飲食店などで高座を組む場合、テーブルを並べてその上に毛氈を敷く、といったやり方が普通なのですが、BiriBiri寄席の場合は、上が畳敷きになっているブロックを組み合わせています。知らなかったんだけど、出来合いのものでそういうのがあるんだって。
 これはやってしまえばすぐできます。厄介なのはお客さんにあてていただく座布団で、そのままだと埃が目立ってしまうので、ブラシなどで払わなければいけません。四十からある座布団をいちいち払っていると、結構な時間がかかるのです。

 そのうちに用足しに出ていたイダさんが店に戻ってきて、本格的に設営が始まりました。
 しかし、その時点でとんでもないことが発覚したのでした。えー、困るよ。

つづく
198323592_624.v1393138500
完成後の高座。ここまでいくのが地味に大変でした。

下足番から勉強しております

はじめましての方ははじめまして。
 杉江松恋と申します。
 普段は書評ライターとして活動をしております。

 私は今年で46歳になります。27歳のときにこの名前でライターの仕事を始めましたので、来年で20周年ですね。それに向けて、というような大袈裟なことでもないのですが、今年から新しいことを始めました。
 もう一度、ちゃんと落語を聴き始めたのです。

 父は高校の教諭でした。その学校には落語研究会がありまして、出身者には本業になられた方もいらっしゃいます。その影響で、私は比較的幼いうちから勉強会の切符などを頂戴して、出入りしていたんですね。もうなくなってしまった上野広小路の本牧亭(の建て直す前の古いほう)にも足を運んだことがあります。

 そんなわけで十代から二十代の前半にかけてはかなりよく聴いていたほうだと思うのですが、ここしばらくはちょっとご無沙汰しておりました。聴かないわけじゃないのだけど、特定の落語家を追いかけるほどには元気がない。義務教育の子供がいて、それを置いてまで寄席やホールに出かける気になれなかったというのも一因としてあるにはあるのですが、まあ、要するにサボっていたわけです。

 昨年の暮れぐらいから勉強を再開いたしました。
 いやあ、落語家さんが増えていて把握しきれないです。

 以前と環境が変わったのは、私が新宿五丁目にあるBiriBiri酒場というところで定期的にトークイベントを開いていたことです。そこで二年近く人前で話す仕事をしてきて、ふいに閃いたことがあったのです。

 あ、ここで本物の落語を聴けたらいいな。

 と。使える箱があるのに、もったいないですよね。
 一つ問題があって、BiriBiri酒場の店主であるイダさんは大阪の人なんです。だから東京の落語界には明るくない。お声をかけようにもどこから手をつけたらいいのかはわからないという。

「ほんなら、杉江さんがプロデューサーをやられたらええのとちゃいまっか」

 とインチキな大阪弁で言いました。嘘です。

「杉江さんがプロデュースするということで面倒みてくださいよ」

 と言われました。

 でも、まだ自分でも落語は再入門して勉強しているところだし。

 そう言うと、

「じゃあ、その勉強の過程も含めて人前に晒しながら落語会をプロデュースしていけばいいんじゃあーりませんか」

 と返されました。また嘘です。まあ、でも言われたことはだいたい本当ですが。

 それもそうだな、と思いました。
 ただ、プロデューサーと言えるほどたいしたもんじゃない。
 下足番がいいところです。

 昔の寄席には下足箱のところにおじさんがいて、客の履物を管理していました。上に書いた本牧亭では、たしか木の札を渡してくれていたと記憶しています。あそこから勉強しようと。下足箱の前はすべてのお客さんが通られます。高座というくらいですから演者がいちばん高い位置にいますが、下足番はその逆で最も低いところから会場の全体が見渡せます。それをやることが、もしかすると落語会を開く上ではとても勉強になるかもしれません。

 よし決めた。
 私は今からBiriBiri寄席の下足番です。
 どうぞよしなにお願い申し上げます。

198323592_624.v1393138500