Category Archives: 落語立川流

立川談四楼下北沢独演会 第201回

うっかりして写真を撮り忘れてしまったのだが、8/15(土)は下北沢の北沢八幡宮で開かれる、立川談四楼独演会に行ってきた。前回が200回目ということで節目の会だったが、新しい期の始まりといった感じの会である。

顔付けは以下の通り。

開口一番 つる 仮面女子(こしら門下)
垂乳根 だん子
幇間腹 寸志
もう半分 談四楼

中入り

半夏生・玉藻ノ舞 綾乃テン
一回こっくり 談四楼

仮面女子はこしらの一番弟子で、ヤフオクに命名権を出され、地下アイドルの「仮面女子」に25万1千円で落札されたということで、一時期話題になっていた。初高座ではないが、師匠以外からは最初にもらった仕事とのこと。「女子」とは言うものの、サブカル臭のする風貌の男子である。

だん子の「垂乳根」を聴くのは3度目だと思うのだが、これまでのネタに比べてずっと巧くなったと感じた。最初に聴いたときは最後まで演じていたが、この日は途中でサゲて降りる。そのへんの対応も臨機応変になってきた。寸志「幇間腹」は賑やかでよい高座。前座のときはあまり前面に出してなかったが「昭和の爆笑王」のような持ち味になってきたと思う。軽い噺を本当に楽しく演じる。

談四楼2席は怪談の趣向で、そういえば昨年8月のオールナイトのときと同じ演目である。「もう半分」は居酒屋の主が最初人情深く描かれているのに観客の見えないところで豹変する。その省略が噺に奥行きを与えているように思った。「一回こっくり」は申し分ない情けのある噺で、途中で何度となく涙を拭わされた。オチ近く、楽屋で物が落ちるというハプニングがあったが、それもものともせずに観客をひきつけきった。夏には毎年この噺を聴きたいと思う。

色物で入った綾乃テンは人形使いで、玉藻前を実に妖艶に演じた。オシラサマを題材にしたネタも持っているそうで、妖怪会議の際などにはゲストをお願いするといいのではないだろうか。ぜひ、リンク先から写真を見てもらいたい。

終演後は楽しく懇親会。いろいろ密談しました。

立川さんちの喫茶★ゼンザ 第2回

2015-08-25 17.22.05
演者一同。志ら門は先に帰りました。

8/25は落語立川流の前座勉強会「立川さんちの喫茶★ゼンザ」第2回でした。残念ながら「つばなれ」するには至りませんでしたが、前座さん5人奮闘して前回よりも集客したのはご立派でした。

開口一番 無精床 らくまん
皿屋敷 志ら門
権助魚 うおるたー
寿限無 らく葉

中入

牛ほめ 志ら鈴
壺算 らくまん
花色木綿 うおるたー
饅頭こわい らく葉

志ら鈴の「牛ほめ」は安心して聴けるレベルで、二つ目まで見回してもここまで自分のものにしている落語家は他にあまりいないかも。師匠・志らく脚本の芝居が先週まであり、落語を演じるのは8月1日以来とのことで、本日は1席のみ。

志ら門は人を不安にさせる「皿屋敷」で、このネタをかけるのならあの「枕」はどうなのかなあ、と疑問を感じた(どんな内容だったのかは武士の情けで秘密にしておきます)。もしかすると、後があって急いでいたか、あまり勉強していなかったかな、という印象もある(肝腎のところで勘定間違えていたし)。様子がよくて言葉ははっきりしているのだから、その気になればもっと受けるはず。次回に期待である。

もちろんそれぞれに過不足はあるのだけど、全般的にはお客さんにも楽しんでいただけたのではないかと思う。この5人の体制で、しばらくは勉強会を続けてもらいます。将来の一本立ちを目指して、みなさんがんばって。

次回は連休中の9月22日(火)。終了後は兄弟子・立川志獅丸さんの独演会を予定しているので、よかったら通しでご覧ください。

2015-08-25 16.15.232015-08-25 16.33.442015-08-25 16.46.292015-08-25 17.06.49
志ら門が途中で帰ったので、写真を撮り損ねちゃった……。

立川流昼席で立川談四楼一門会

昨日、7月22日(火)は通常の立川流昼席の興行だが、初めての試みがあった。立川談四楼の弟子3人が上がる、一門会として行われたのである。また、普段の立川流の寄席には色物が上がらないが、今回から主任の選んだ色物が膝代わり(トリの前)を務めるパターンも出来たとのことであった。

顔付けと演目は以下の通り。

開口一番・道灌:らくみん(志らく一門)
垂乳根:だん子(談四楼一門)
幇間腹:寸志(談四楼一門)
大山エッチラオッチラ:三四楼(談四楼一門)

中入り

色物:ラブリー恩田
柳田格之進:談四楼

2015-07-22 15.45.59最後には一門揃っての記念撮影があった。ラブリー恩田さんの芸は分類不可能でとにかく観てもらうしかない。強いて分類するならば一人芝居ということになるだろうか。今回は披露されなかったが、15分もかかる大ネタもあるとのこと。談四楼独演会にまたゲストで来られることもあるそうなので、そのときに実際に見て確かめていただきたい。

終演後は取材があり、午後は外出しっぱなしの一日となった。原稿やらなくちゃ。

初の試み「六大学落語会」

2015-07-21 17.57.31

昨日は仕事を早々に切り上げて国立演芸場に足を運んできた。

本邦初の六大学落語会という興行で、各大学出身の落語家が競演するというおもしろい試みである。

顔付け・演目は以下の通り。

獅子舞:初音家左吉
開口一番・子ほめ:金原亭駒松(立教・馬生一門)
たがや:春風亭昇吉(東京・昇太一門)
火焔太鼓:立川志ら乃(明治)

中入り

トーク:六大学対抗
掛取り早慶戦:古今亭志ん吉(早稲田・志ん橋一門)
ぼやき酒屋:初音家左吉(法政・左橋一門)
幽女買い:立川談慶(慶應)

駒松は口調よく、前座としては満点の高座である。秋には二つ目に昇進するので、あちこちで聴けるようになる。
昇吉は役柄をよくわきまえ、自身の学歴や有名人の歌丸などをいじくって客席を温めた後で侍の品格がある「たがや」に入る。昇吉を聴くのはひさしぶりなのだが、以前よりもずっと良くなっていた。
志ら乃の「火焔太鼓」は古今亭のお家芸を自身の十八番として焼きなおした自信の一作であるはずで、対抗戦という場にこれまたふさわしかった。おかみさんが強烈なキャラクターになっている。

中入り後はトークを挟んで後半戦に。この日のMVPは誰がどう見ても志ん吉だろう。六代目春風亭柳橋の「掛取り早慶戦」をまさか聴ける日が来るとは。この日にぴったりの一席であり、また、野球選手や六大学の地口を借金の催促と言い訳に織り込むという趣向がおもしろく、客席は湧きに湧いた。
その後の左吉は膝代わりの責務を果たし、軽い噺を抑揚つけ過ぎずに洒脱にこなした。対抗戦だから目立ちたくなるはずなのに、出しゃばらず、役目に徹したのは当たり前のことだが素晴らしい。
主任の談慶は師の月命日であることに触れて、談志中期の得意ネタであった「幽女買い」に入る。亡者があの世で遊び回るさまを描いた点は上方噺の「地獄八景亡者戯」に似るが、あそこまでの大きさではなくほどよく笑わせる。時事ネタも織り込み、満足の出来であった。

おそらくは各大学出身者(特に落研)の客が多かったであろう国立演芸場だったが、その興味も満たすゴシップは提供しつつ、一興行としてもバランスがとれていた。演者のチームワークの良さを感じる。来年も同じ顔ぶれで行われるようであり、今回未見の人にもぜひ来場をお勧めしたい。

珍書『談志 天才たる由縁』のここがひどいよ・その3(落語立川流篇)

 菅沼定憲『談志 天才たる由縁』についての番外レビューである。
(その1)(その2)はこちらから。
談志天才たる由縁

4)落語立川流に関するもの

 これは誤りではないが、あんまりだなあと思った個所である。談志と志ん朝を対比した文章だ。

「志ん朝はこころ優しい噺家でした。でも、彼の弟子から傑出した若手は登場しません。弟子に厳しい立川談志からは、志の輔、談四楼、志らく、談春という優れた輩出されています」(p55)

 志ん朝一門の立場は、とか、いや志ん朝のほうが朝8時集合を義務付けるなど弟子には厳しかったと聞いているけど、とかいろいろあるのだが、それはまあいい(古今亭のファンには許せないだろうが)。
 あんまりだというのは「志の輔、談四楼、志らく、談春」という並びである。これじゃまるで志の輔が談志の一番弟子のようではないか。一門の香盤なんて一般人にはどうでもいいことかもしれないが、少なくとも談志の親友をもって任ずる人としては問題のある表記だ。ここの順番は、正しく書くとこうなる。

「談四楼、志の輔、談春、志らく」

 もちろん談四楼の上にも弟子はいるし、談四楼と志の輔の間にもいる。
 単に不注意なだけか、と思いきや、著者は同じような記述をもう一度後でやっている。

「古い落語界から脱出した談志のもとには、有能な弟子が集まりました。
 まずは立川志の輔です。自分と共演するホール落語で競い合います。
 次は立川談四楼です」(p100)

 どう考えても順番を取り違えているとしか思えない。念のために書いておくが、

 立川談四楼 1970年入門。1975年二つ目昇進。1983年真打昇進。
 立川志の輔 1983年入門。1984年二つ目昇進。1990年真打昇進。

 である。どう考えても取り違える要素はないのだ。これはわざと書いているか、著者が談志以外の立川流の落語家にたいして関心がないかのどちらかだとしか思えない。
 ここで大事なのは談四楼の真打昇進の年である。1983年は談志の落語協会脱退、立川流設立の年だからだ。つまり談四楼は、立川流創設後の真打第一号なのである(旧名小談志も同時)。
 談四楼についてはおかしな記述が続いている。

「彼(談四楼)は師匠のわがままと弟子の苦労をユーモア小説に書きました」(p101)

 これは間違い。談四楼のデビュー作「シャレのち曇り」のことを指していると思われるが、同作は談志の行状ではなく、前述の真打試験騒動の顛末を書いたものだからだ。
 菅沼定憲、さては読まずに書いてるだろ。
 談四楼以外の弟子についてもおかしなことが書かれている。

「師匠の練馬の自宅の庭には大きな池があり、美しい金魚が泳いでいます。でも、師匠が餌を与えないものですから金魚は痩せ細ります。談春はこれを「赤めだか」と称して、それをタイトルにした本を書きました」(p106)

 これについては、立川談春『赤めだか』(新潮社)を引用したほうが早い。

「庭の水がめに飼っている金魚は、金魚とは名ばかりで、いくらエサをやってもちっとも育たなかった。僕達は、あれは金魚じゃない、赤めだかだ、と云って馬鹿にしていたが、大きくならないところも談志好みらしく可愛がっていた」(p51)

 菅沼定憲、『赤めだか』もさては読んでないだろ。
 最後に気になったのは、立川流を除名された快楽亭ブラックについてのくだりだ。

「かつて、アメリカで落語を夢見た談志はブラックに期待しました。でも、残念ながら彼の落語はお粗末でした。おまけに、金にだらしない男で、師匠の口座から勝手に金を引き出したため破門になり、関西へ流れて桂三枝(現・文枝)のところへ身を寄せました。そして、高座に上がるようになって、談志の悪口を喋りまくり、短期間ではありますが人気を得ました。でも、所詮はゲテモノで終わりました」(p106)

 快楽亭は怒っていいと思う。外道真打と言われた時代もあるくらいだから「ゲテモノ」には怒らないだろうが「短期間ではありますが」とか「落語はお粗末」はないだろう。落語がお粗末な人間が、立川流を除名されてフリーになって食っていけるはずがない。好き嫌いはあるが、快楽亭ブラックは古典から新作までこなす腕のいい落語家である。もっとも菅沼氏のようなご高齢の方には趣味に合わないかもしれないが。

 以上である。目についたところを抜粋しただけなので、細かく見ていけばまだまだ間違いはあるかと思う。でも、疲れたのでこれでおしまい。
 くり返しておくが、『談志天才たる由縁』は、決して駄目な本ではない。珍しい談志の下半身事情などにも踏み込んでかいており、ファンなら一度目を通してもいいとは思う。
 ただし、これを元に談志を語る人が出てくるのはやはり嫌だ。著者の言う「談志は人情噺を志向していた」というような珍説はともかく、上に書いたように内容に事実誤認が多すぎるからである。これは著者である菅沼定憲の責任であると同時に、きちんと校正作業を行わなかった版元彩流社の罪だと私は考える。もう少しきちんとしようよ。
 オチはない。これで終わる。終われ。解散!

以下のとおり杉江松恋プロデュース落語会を予定しております。
2/20(金)19:00~ 立川談慶独演会「談慶の意見だ #4」ゲスト:玄秀盛(公益社団法人 日本駆け込み寺代表) トリネタ:「子別れ」

2/21(土)21:00~ 「落語立川流二つ目1年生、立川笑二ネタおろしの会」

2/22(日)1:00~ 立川談四楼独演会「オールナイトで談四楼7 終電から始発まで噺っぱなし」

2/24(火)19:30~ 「ヲタク落語の星・春風亭吉好参上!ゲスト:會川昇(脚本家)」

珍書『談志 天才たる由縁』のここがひどいよ・その2(立川談志篇)

前回に引き続き、菅沼定憲『談志 天才たる由縁』(彩流社)の見逃せない事実誤認について。
談志天才たる由縁

3)立川談志に関するもの

 これもひどい与太である。

「真打になった談志は本も執筆します。彼が二十八歳のときです。『あらイヤーンナイト』(有紀書房)、これは自分が演じない色物芸人、つまり漫才師や紙切りやボーイズのギャグを記録してまとめた本です。たとえ自分が演じることがなくても、優れたギャグは記録し、保存しておこうという彼の勉強ぶりがうかがえます」(p40)

 手元にその『あらイヤーンないと』があるので、ためしに登場する芸人の名を書き出してみよう。落語家と色物に分けて列挙する。高座名などはすべて1965年当時のものだ。駄洒落の題材にされたものなども拾ってある。また、表記は本のママである。

(落語家)柳亭小痴楽、月の家円鏡、古今亭志ん生、古今亭志ん好、鈴々舎馬風、橘家円太郎、春風亭柳朝、柳家三語楼、三升家小勝、三遊亭円歌、林家正蔵、三笑亭可楽、三遊亭百生、三遊亭円生、柳家小せん、三遊亭小円馬、春風亭柳好、春風亭柳昇、古今亭志ん朝、

(色物)小野栄一、泉和助(を色物に分類するのは間違いだが、まあ、ここでは便宜上)、牧野周一、一龍斎貞丈、一龍斎貞花、古井伊吉、神田小伯山、エンタツ・アチャコ

 このとおり。落語家19人、色物芸人7人である。どう考えてもこれは「色物芸人の芸を記録した」本ではない。ボーイズ芸人なんて一人も出てこない。だいたい紙切芸人の芸をどうやって話芸の談志がまとめるのだろうか。
 正解を書いてしまうと『あらイヤーンナイト』は、談志がその後何冊も出すことになる「ジョーク集」の嚆矢となった本なのである。同年に刊行した『現代落語論』は「笑わないでください」という含羞のある副題が示すように、洒落抜きで落語を正面から論じた本だが、こちらは洒落のめす一冊。後の『談志楽屋噺』などに通じる内容でもあり、楽屋の裏話集ともいえる。ちなみに、後に毒蝮三太夫の逸話として語られることになる「談志をホームにつきとばそうとした毒蝮に談志が『死んだらどうするんだ』と怒ったら『洒落のわからないやつだったと言ってやる』と返された」という一件は同書では2代目春風亭梅橋となって酒毒のために夭折した初代柳家小痴楽のものとして紹介されている。
 なお『現代落語論』について著者はこんなことを書いている。

「サブタイトルに「笑わないでください」とあります。この頃から、落語は笑うものではない、むしろ庶民の人情噺に涙を流してほしいという談志の心意気がうかがえる本です」(p40)

 長年の談志ファンとして頭の上に三つも四つも「?」が浮かんでしまう一文なのだが、このくだりは著者の考えであり、本全体の主題にも関わるものなので、ここでは「そうとも思えないですけどね」と書いておくに留める。

 もう一つ、それは初耳なんだけど、ということを書いておく。談志が落語協会を脱会し、師匠である5代目柳家小さんに破門されることになった経緯について、著者はこう書く。

「(前略)グループ芸に押されて個人芸が目立たなくなったことになによりも危機感を感じたのは落語の師匠たちです。
 そこでなにをしたのかと申しますと、弟子を増やすことです。しかも、弟子入りしますと、小遣いを与え甘やかしました。さらに、新宿の末広亭や上野の鈴本演芸場の客を増やすため、入ったばかりの新弟子たちをすぐに真打ちに昇格させたのです。
 これに立川談志は不満を唱えました。
 談志「下手な真打ちばかりつくったら落語は堕落する」
 小さん「師匠のいうことが聞けないのか!」

 談志「納得できません」
 小さん「じゃあ、辞めろ!」
 談志「わかりました」
 立川談志は即刻辞表を柳家小さんと落語協会に出しました」(p99~100)

 ひゃあ!
 落語協会を揺るがした三遊協会問題も、真打試験問題も全部なくなってる!
 一応整理しておくと、すべての発端は演芸ブームのために入門者が増え、前座・二つ目がだぶついてなかなか真打になれなくなっていたことだ。そこで当時の協会会長であった柳家小さんはいっぺんに10人を昇進させる大量真打制度を導入するのだが〔ちなみに談志はその賛成派〕、異を唱えた前会長の三遊亭圓生が1978年に協会を脱会する騒ぎが起きる。ここでできた落語三遊協会が現在の円楽一門会だ。
 騒動終焉後、小さん会長は真打試験制度を導入する。しかし試験の評価基準が不明であったり、よくわからない合否があったりと不評で、1983年に談志門下の談四楼、小談志(後に喜久亭寿楽。故人)が落とされて、腕の劣る者が合格するという事件が起きる。これに激怒した談志が弟子を引き連れて脱会し、立川流を創設した、というのが一応の正史のはずである。だいたい、落語家が試験なんておかしいと渋る三遊亭好生(後に春風亭一柳。故人)と談志は新聞紙上で論戦したぐらいで、協会時代には「真打などは看板ぐらいに心得ておけ」という考え方だったはずなのだ
 この歴史捏造には申し訳ないが呆れるしかない。
 だいたい「辞表を柳家小さんと落語協会に出しました」って。協会脱退と小さん一門からの離脱についての「辞表」ということなのか。落語家が師匠から離れるときに「一身上の理由で」なんて書くわけがないではないか。ちなみに談志述べるところの真相は「協会離脱は小さんも初めは了解していたが、後に間に入って讒言するものがあって破門された」である。

 そろそろ疲れてきたが、あと1回だけ続く。
(つづく)

以下のとおり杉江松恋プロデュース落語会を予定しております。
2/20(金)19:00~ 立川談慶独演会「談慶の意見だ #4」ゲスト:玄秀盛(公益社団法人 日本駆け込み寺代表) トリネタ:「子別れ」

2/21(土)21:00~ 「落語立川流二つ目1年生、立川笑二ネタおろしの会」

2/22(日)1:00~ 立川談四楼独演会「オールナイトで談四楼7 終電から始発まで噺っぱなし」

2/24(火)19:30~ 「ヲタク落語の星・春風亭吉好参上!ゲスト:會川昇(脚本家)」

珍書『談志 天才たる由縁』のここがひどいよ・その1(エンタメ・落語篇)

 遅ればせながら菅沼定憲『談志、天才たる由縁』(彩流社)を読んだ。
談志天才たる由縁

 構成作家の著者は1936年生まれと、立川談志とは同い年で、二つ目の柳家小ゑんから親交があったという。その視点から語られた月旦で、芸評というよりは人物評判記であり、他では聞けない、読めない話が多数収録されている点がよい。特に夭折した天才プロデューサー・湯浅喜久治の人となりや談志との関係が書かれたものは他にはない。また、毒蝮三太夫誕生の瞬間について語っている点も貴重である。

 そういった美点は多々あるので談志ファンは読んで損のない本だが、問題はこの本、誤字・脱字と事実誤認があまりにも多く、同人誌と見紛う内容なのである。その点が気になりすぎ、本来は「水道橋博士のメルマ旬報」の「マツコイ・デラックス」書評のために詠み始めたのに、見送ってしまった。単なる誤記なら見逃せるのですが、元放送業界にいた方とは思えない致命的なミスが散見されるのでねえ。彩流社はきちんと校正しようよ。せっかくの内容が、台無しとは言わないけど五割方魅力を失ってしまってるよ。

 というわけで、『談志、天才たる由縁』の気になった個所をここに列挙しておく。誤字・脱字のたぐいは挙げだすときりがないので、とりあえずは事実誤認と思われる個所について。

1)エンターテインメント全般に関するもの

「映画『脱出』の主題歌『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』だ」(p17)

 まずこれ。映画ファンならずとも気づくところで「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は1942年製作の『カサブランカ』の主題歌である。『脱出』は1944年の製作で、ハンフリー・ボガートとローレン・バコールが出会うきっかけを作った作品。この個所は談志の台詞なので、『本人がそう言ったんだ』という言い訳も成り立つかと思うが、洋画に関しては異常なほどの記憶力を誇った談志がそんな基本的な間違いをするとは考えられない。
 とにかく、こういう記憶違いをそのまま書いた文章が多すぎるのである。
 ここも読んでいて盛大につんのめった。

「一九七〇年代――、
 テレビジョンは二十四時間放送をはじめました。内容は古いドラマやドキュメンタリーの再放送や政治や経済の評論家のトークショー。田原総一朗が司会する「朝まで生テレビ」が好評でした」(p44)

 え?「朝まで生テレビ」って1970年代から始まってたの? とびっくりしたが、そんなことはない。1987年放送開始のはずである。テレビ史は専門ではないので迂闊なことがかけないが、24時間放送が行われるようになったのは少なくとも1980年代に入ってからで、その是非が議論になったこともあったはずだ。私は東京都の生まれだが、子供のころにいわゆる「砂嵐」を観ている。放送休止時間があったからこそである。上の文章も「二十四時間放送を始め、やがては『朝まで生テレビ』のような人気番組も」というような文意だとしたら問題ないのだが、それにしても乱暴すぎるだろう。
 この記述もおかしい。

「七〇年代以来、テレビジョンのパワーが強力になり、そこにグループ・コメディが発達します。ハナ肇とクレージーキャッツや、いかりや長介とザ・ドリフターズなどです」(p99)

 これだと両グループともテレビが生み出した人気者のように見えてしまって気の毒だ。ザ・ドリフターズなどは1966年のビートルズ来日時の前座まで務めているのに。
 言うまでもなく両グループとも1960年代のジャズ喫茶での演奏などで人気を博してのしあがってきたバンドマン出身である。ザ・ドリフターズ(『いかりや長介の~』と名乗っていた時期はなかったのではないか)の「8時だョ!全員集合」の開始は1969年だからいいとしても、ハナ肇とクレージーキャッツがテレビにグループ出演していた時期は1960年代のはずだ。「おとなの漫画」が1964年に放映終了し、「シャボン玉ホリデー」も1972年には終わっているのだから。

2)落語に関するもの

 間違いというわけではないが、以下の紹介の仕方はひどい。小ゑん時代の談志が演じた「芝浜」についてのものである。

「ある日、魚屋の男が浜で大金の入った財布を拾います。これは神様のおぼしめしだ、と感じた男は翌日から心を入れ替えて仕事に励みます。そして、家に帰ると妻が土下座しています。大金の入った財布を失くしてしまった、ということです。「いいさ、オレはしっかり働くから」と夫。「ありがとう」と泣く妻。じつは財布を失くしたというのはウソで、妻は夫が金に溺れるのをおそれたのです」p23

 私の知っている「芝浜」となんか違う! もし道徳の教科書に「芝浜」が載ることになったらこういう話になるのだろうか。だいたい「お前さん、起きとくれよ」のくだりが無いので「芝浜」のもっとも大事な「亭主が夢を見たことにして妻が騙す」という構成が消えてしまっているではないか。また、「いいさ、オレはしっかり働くから」の台詞は「芝浜」で聞いたことが一度もない。エンターテインメントに必要な「落として上げる」がこれでは成立せず、亭主が勝手に更生したことになる。こんなつまらなそうな「芝浜」紹介は生まれて初めて見た。
 もう一つ、乱暴だな、と思ったもの。

「庭で弟子を迎えた談志はいきなり「孝行糖」を演じはじめます。これは孝行糖という変な菓子を売り歩くナンセンスな落語です。「孝行糖、孝行糖。テンツクツ、ステテンテン」という強引なサゲで終わります」(p89)

 いや、それじゃサゲられないって。
 たしかに「孝行糖」は与太郎が鳴り物入りで飴を売り歩く噺ではあるが、下げはきちんと地口になっている。わけあって侍に棒で叩かれた与太郎が「どこを叩かれた」と聴かれて「ここと、こことー」というのが「孝行糖」の洒落になっているというオチだ。くだらないとは思うけど、強引ではないだろう。それにサゲには鳴り物は入らない。

  これだけでもかなり脱力されたと思うが、ひどいのはこれからなのである。
(つづく)

以下のとおり杉江松恋プロデュース落語会を予定しております。
2/20(金)19:00~ 立川談慶独演会「談慶の意見だ #4」ゲスト:玄秀盛(公益社団法人 日本駆け込み寺代表) トリネタ:「子別れ」

2/21(土)21:00~ 「落語立川流二つ目1年生、立川笑二ネタおろしの会」

2/22(日)1:00~ 立川談四楼独演会「オールナイトで談四楼7 終電から始発まで噺っぱなし」

2/24(火)19:30~ 「ヲタク落語の星・春風亭吉好参上!ゲスト:會川昇(脚本家)」

12/20 立川三四楼さんの会、ネタの通知が来ました。

前回、こちらでお知らせしました立川三四楼さんの落語会、新たにネタのご連絡をいただきました。

 三四郎さんご自作の新作落語のレパートリーから、「アニソン和尚」か「ハイパー結婚相談所」のどちらかを演じていただくとのことです。それ以外にもう一席、田丸雅智さんのショートショートを原作として新作落語を予定されているそうで、そちらはもちろんネタ下ろしです。

 終演後には三四楼さんと田丸さんのトークライブも予定しております。
 どうぞお楽しみに!

 ご予約、お問い合わせはこちらから。

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落語立川流×星派道場 ショートショート寄席
~ 立川談志と星新一、それぞれの孫弟子が奇跡のジョイント ~

 
立川談志の孫弟子にあたるSF大好き落語家の立川三四楼と、星新一の孫弟子、新鋭ショートショート作家 田丸雅智。
偉大なる師の業績を追う二人の若き求道者が、ここ新宿で初のジョイントを果たします。

[日時] 2014年12月20日(土)  開場・21:00  開演・21:30 (約2時間を予定)

[会場] Cafe Live Wire (Biri-Biri酒場 改め)
     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
 
[料金] 1500円 (当日2000円)

 なお、この落語会の終了後には師匠・立川談四楼さんの「オールナイトで談四楼」も続いて行われます。
 ぜひはしごでのご観覧を!
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12月プロデュース興行第3弾・「オールナイトで談四楼」立川談四楼独演会第6回 今回は「富久」!

さてしんがりに控えますは、隔月で開催させていただいている立川流の高弟・立川談四楼さんの独演会「オールナイトで談四楼」です。

 この会は談四楼さんの「世の中に深夜寄席を謳う興行は数多くあるが、どれも本当の深夜寄席ではない。なぜならばみんな終電までには帰れるからだ」とのお言葉から始まりました。つまり終電で来る時刻にひそかに行われ、始発で帰っていくのが真の深夜寄席であるとの道理。
 たまたま当会場は新宿五丁目、かつての内藤新宿、現在の新宿二丁目を靖国通りの対岸に臨む大人の立地です。不夜城と呼ばれたこともある新宿にふさわしく、オールナイトで落語を楽しむという酔狂な興行をここだけでもやってみよう。そんな心意気でこの会は始まりました。隔月ですので今回でちょうど1年のサイクルを終えたことになります。

 そんな節目にふさわしく、また年末を飾るネタということで、今回はトリに「富久」を口演いただきます。談志の12月といえば「芝浜」があまりにも有名ですが、ファンの中には「富久」を好む方も多いはずです。貧しい幇間がようやく掴んだ一攫千金の夢、それが指の間からすり抜けそうになったときの悲哀。談志はそれを、溢れんばかりの感情表現で演じました。「富久」における感情移入は鬼気迫るものであったのです。
 家元ゆかりのネタを、たっぷりと聴いていただきます。
 お寒いですが、どうぞ体調を崩されませんよう。十分にご注意の上、お運びください。

 ご予約・お問い合わせはこちらまで。

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杉江松恋プロデュース オールナイトで談四楼6 終電から始発まで噺っぱなし
 
恒例深夜イベント、今回は年末にふさわしく『富久』
 
 
[出演] 立川談四楼(落語家)

[日時] 2014年12月21日(日)  開場・午前0:30  開演・午前1:00  終演・午前3:00

[会場] Cafe Live Wire (Biri-Biri酒場 改め)
     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
 
[料金] 3000円 (当日券500円up)  

※全席自由。限定40席です。
※未成年の方はご入場できません。
※オールナイトの長丁場になります。お神酒、事前の景気づけはほどほどでお願いいたします。
83260045
 なお、この興行の前には談四楼さんの弟子・三四楼さん、寸志さんの出演される落語会がございます。
 はしごでのご観覧をぜひ。

12月プロデュース興行第2弾「落語立川流×星派道場ショートショート寄席」立川三四楼・寸志 ゲストに作家・田丸雅智!

「談慶の意見だ!」に続く第2弾は、同じく立川流二つ目・三四楼さんをお招きしての実験落語会です。

 Biri-Biri寄席には初登場となる立川三四楼さんは、1976年、愛知県生まれ。初めは立川流真打の快楽亭ブラック(現・フリー)に入門し、その後談四楼門下に移籍して改名、2010年に二つ目に昇進しました。
 師匠譲りの古典落語は見事なのですが、それ以外にSFファンの顔も持ち、その方面の知人も多くいらっしゃいます。観客を自分の世界に引き入れる「メビウス落語」をぜひご覧いただきたいと以前から思っておりました。

 今回は出版芸術社からデビューされたショートショート作家の田丸雅智さんとご面識がおありということもあり、田丸さんにゲストに来ていただくほか、その作品世界の落語化にも挑戦していただこうと思っております。『夢巻』『海色の壜』の作品集で田丸さんのファンになられた方も、ぜひ会場にお運びになってみてください。

 ショートショート作家・田丸雅智の個人サイト「海のかけら」

 もう一人、2015年3月に二つ目昇進が決まって意気軒昂の弟弟子・立川寸志さんもご出演予定です。40代で立川談四楼さんへの入門を果たした「中年の星」にもぜひ熱い声援をお願いします。

 ご予約・お問い合わせはこちらまで。

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落語立川流×星派道場 ショートショート寄席
~ 立川談志と星新一、それぞれの孫弟子が奇跡のジョイント ~

 
立川談志の孫弟子にあたるSF大好き落語家の立川三四楼と、星新一の孫弟子、新鋭ショートショート作家 田丸雅智。
偉大なる師の業績を追う二人の若き求道者が、ここ新宿で初のジョイントを果たします。

[日時] 2014年12月20日(土)  開場・21:00  開演・21:30 (約2時間を予定)

[会場] Cafe Live Wire (Biri-Biri酒場 改め)
     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
 
[料金] 1500円 (当日2000円)

 なお、この落語会の終了後には師匠・立川談四楼さんの「オールナイトで談四楼」も続いて行われます。
 ぜひはしごでのご観覧を!
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