Category Archives: 立川談慶

初の試み「六大学落語会」

2015-07-21 17.57.31

昨日は仕事を早々に切り上げて国立演芸場に足を運んできた。

本邦初の六大学落語会という興行で、各大学出身の落語家が競演するというおもしろい試みである。

顔付け・演目は以下の通り。

獅子舞:初音家左吉
開口一番・子ほめ:金原亭駒松(立教・馬生一門)
たがや:春風亭昇吉(東京・昇太一門)
火焔太鼓:立川志ら乃(明治)

中入り

トーク:六大学対抗
掛取り早慶戦:古今亭志ん吉(早稲田・志ん橋一門)
ぼやき酒屋:初音家左吉(法政・左橋一門)
幽女買い:立川談慶(慶應)

駒松は口調よく、前座としては満点の高座である。秋には二つ目に昇進するので、あちこちで聴けるようになる。
昇吉は役柄をよくわきまえ、自身の学歴や有名人の歌丸などをいじくって客席を温めた後で侍の品格がある「たがや」に入る。昇吉を聴くのはひさしぶりなのだが、以前よりもずっと良くなっていた。
志ら乃の「火焔太鼓」は古今亭のお家芸を自身の十八番として焼きなおした自信の一作であるはずで、対抗戦という場にこれまたふさわしかった。おかみさんが強烈なキャラクターになっている。

中入り後はトークを挟んで後半戦に。この日のMVPは誰がどう見ても志ん吉だろう。六代目春風亭柳橋の「掛取り早慶戦」をまさか聴ける日が来るとは。この日にぴったりの一席であり、また、野球選手や六大学の地口を借金の催促と言い訳に織り込むという趣向がおもしろく、客席は湧きに湧いた。
その後の左吉は膝代わりの責務を果たし、軽い噺を抑揚つけ過ぎずに洒脱にこなした。対抗戦だから目立ちたくなるはずなのに、出しゃばらず、役目に徹したのは当たり前のことだが素晴らしい。
主任の談慶は師の月命日であることに触れて、談志中期の得意ネタであった「幽女買い」に入る。亡者があの世で遊び回るさまを描いた点は上方噺の「地獄八景亡者戯」に似るが、あそこまでの大きさではなくほどよく笑わせる。時事ネタも織り込み、満足の出来であった。

おそらくは各大学出身者(特に落研)の客が多かったであろう国立演芸場だったが、その興味も満たすゴシップは提供しつつ、一興行としてもバランスがとれていた。演者のチームワークの良さを感じる。来年も同じ顔ぶれで行われるようであり、今回未見の人にもぜひ来場をお勧めしたい。

12月プロデュース興行第1弾「談慶の意見だ!」立川談慶独演会第3回 仲野茂登場!

こちらではご無沙汰しております。杉江松恋です。

 世間では12月というと大変多忙な時期かと思いますが、年末進行で前倒しのスケジュールになる私の稼業だと、実はそれほど仕事をしないでいい月なのです。
 なので今月は好きな落語に時間を使おうと思っております。

 とりあえずまずは、12月にCAFE LIVE WIRE Biri-Biri寄席で企画している落語会のご紹介をば。

 第1弾は、落語立川流の切り込み隊長、真打・立川談慶の独演会です。
 この落語会、他では絶対に体験できない興行を、ということで演目の予告に加え、談慶さんによる「絵手紙漫談」と、ゲストをお招きしてのトークコーナー「談慶が訊く!」の2つを用意しております。
 今回のゲストはなんと、あのANARCHYの仲野茂さんです。

 仲野茂気まぐれウェブログ

「え、落語会でなぜパンクなの!?」
 と驚かれる方も多いでしょうが、談慶さんは以前からのANARCHYファンで、それが縁で仲野茂さんともご親交がおありなのだとか。当日は「落語はパンクだ」を合言葉に、尖鋭的なトークが繰り広げられるはずです。仲野さんは、アコースティックギターでの演奏も予定してくださっているとのことです。
 この機会にぜひ、生仲野茂を。

 そして気になるトリネタは立川流年末の定番「芝浜」を。
 落語パンク論から人情噺の大ネタまでの流れがどうつながるのか、企画者としても予想がつかず、スリルに震えております。他では絶対に体験できない落語会、の呼び名にふさわしい一夜をぜひお楽しみください。

 ご予約・お問い合わせはこちらまで。

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Biri-Biri寄席『談慶の意見だ~』#3 立川談慶独演会
 
『芝浜』他2本+『談慶が聞く』はゲスト・ANARCHY仲野茂さん登場!
 

[日時] 2014年12月19日(金)  開場・18:30  開演・19:00

[会場] Cafe Live Wire (Biri-Biri酒場 改め)
     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
 
[料金] 1500円 (当日券500円up)

 終演後には演者を交えての懇親会もございます。そちらにもどうぞご参加ください。
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9/12(金)は立川談慶独演会「談慶の意見だ」第2回です。

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7月に開催いたしましてたいへんに好評をいただいた、立川談慶さんの独演会が帰ってまいります。第2回は、新趣向「談慶が訊く!」と題しまして、ベテラン探偵の小原誠さん(オハラ調査事務所代表取締役)をゲストにお招きし、探偵の目から見たこの世の嘘と誠についてお伺いするコーナーを設けました。もちろん、この会ならではの趣向として、談慶さん得意の絵手紙トークも予定しております。

そして毎回おなじみの予告トリネタは「井戸の茶碗」です。嘘と誠のどちらをクローズアップした噺なのかは、聴いてのお愉しみ。他では味わえない立川談慶ならではのオリジナル世界を、どうぞご堪能ください。

ご予約はこちらからお願いします。
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[日時] 2014年9月12日(金)  開場・18:30  開演・19:00

[会場] Cafe Live Wire (Biri-Biri酒場 改め)
     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6~8出口から徒歩5分
    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
 
[料金] 1500円 (当日券500円up)

※全席自由。限定40席です。

※終演後、談慶師匠を囲んでフリーフード&フリードリンクの懇親会を開催します(22:30終了予定)。参加費は3500円です。(当日参加は4000円)
 参加希望の方はオプションの「懇親会」の項目を「参加する」に変更してお申し込みください。参加費も一緒にお支払いただきます。

※ご注文者には整理番号をメールでご連絡します。
 お申し込み時に住所をご記入いただきますが、チケットの送付はいたしません。
 当日会場受付にて、名前、整理番号をお伝えいただければ入場できます。
 
※お支払い後のキャンセルは一切受け付けませんのでご注意ください。
 
※銀行振り込み決済の締め切りは9/11(木)午後3時、カード決済の締め切りイベント当日午前0時です。

7/29の談志DNA落語会をこっそりと歴史に残しておきます

立川談志の元直門の二つ目3人が集結する「談志DNA落語会」は平日の夜にこっそり行われたのであった。
 いや、別に開催を秘密にしていたわけではないのだけど。

 現・立川龍志門下、泉水亭錦魚。現・立川談慶門下、立川平林。現・立川左談次門下、立川談吉。
 現在は元の兄弟子の門下に入って活動を続けている3人だが、元は談志直門である。落語界のルールとして、師匠につかずに存在できるのは真打以上の身分だけであり、二つ目以下はどこかの門下に入らなければ存在を認められないのである。立川談志に惚れてこの世界に入ったのだから、最後までその弟子でありたいという気持ちはそれぞれにあっただろうと思う。しかし、今はそれぞれの門下で第二の落語家人生を送っている。その3人に集まり、元談志直門の気概というものを見せてもらいたかった。
 特に談吉は、二つ目昇進を果たしたのが談志の死後である(生前に談志から許可を貰っていた)。死後最初の独演会で、高座を勤めた後、「俺は談志の弟子だ」と吠えたという。その思いを今も持ち続けているのか否か。

 平林は、談志がかなりの高齢になってからの入門で、途中まで「談志最後の弟子」と自認していた。談吉の入門によってその肩書きを譲り渡したのだが、くびきから解かれたことで思いはどのように変わったのか。それとも変わらなかったのか。

 錦魚は三人の中で最も入門が古く、あの歴史的事件にも遭遇している。当時の前座が全員「二つ目昇進の意志が見られない」という理由で破門を言い渡されたという2002年の「前座全員破門事件」だ(そのままだ)。このとき錦魚も破門を言い渡されたのだが、もっとも入門歴が浅かったため、談志からすぐに許されて復帰が叶った。しかし一旦破門にしたものをそのまま戻すのは都合が悪いということで、談志ではなく立川流一門の弟子ということで当時の前座名である談吉から談一に改名しての復帰になった(したがって直門の義務である上納金も免除されていた)。この中途半端な身分はしばらく続いたので、錦魚は自分が談志の弟子に正式復帰したのがいつか定かにわかっていないという。立川流の中でも特異な立ち位置を強いられていたことが、その後の芸に影響したのかしなかったのか。

 と、まあ、そんなことを私自身が知りたくてこの落語会を計画したのでありました。

 当日の演目は、各人に無理を言い「談志ゆかりの落語」を手がけてもらうことにした。
 以下の通りである。

 談吉 粗忽長屋
 平林 権助提灯

 仲入り

 錦魚 お化け長屋

 談吉は「今日は楽屋が頭の上がらない兄さんばかりで窮屈で仕方ない」とぼやきながら高座にやってきた。「粗忽長屋」は全盛期の談志が「主観長屋」と概念を変えて演じていた落語で、粗忽、うっかりではなくて思い込みの激しい男の話に改作した。人だかりのするところに八五郎がやってくると行き倒れ(死人)がいる。顔を見ると長屋の隣人で親友の熊五郎だ。もっとも熊とは朝に会ったばかりで、昨夜のうちからそこに倒れていた死人が彼であるわけはない。勘違いだと諭されるのだが、思い込みの激しい八五郎はとにかく本人を連れてきて死骸を引き取らせるから、と言い張って長屋に熊五郎を呼びに行ってしまうのである(ここで談吉は、談志お気に入りのフレーズだった『状況判断ができない者をバカという』を引用してみせた)。

 このあと長屋に帰った八五郎は、死んでいる気がしないと渋る熊を「お前は死んでいるんだ。死んだんだから自分の死骸を引き取らないといけないんだ」と説得する。同じ思い込みが激しい二人でも、八五郎は押しが強く、熊五郎は人がいい、という対比ゆえに起きる喜劇なのである。談吉は二人が親友だという点を強調してみせた。八五郎は「おめえといつまでも一緒に長生きしたかった」と泣き、熊五郎も「悪かったなあ、先に逝っちまって」と泣くのである。ここでほろりとするような感情の励起があった。「粗忽長屋」はほろりとさせることもできるというのは発見で、いい収穫となったのである。

 その談吉の後を受けて上がったのが平林である。平林は2011年以来安来節を踊ることにも熱心なのだが、その話題を枕に振って客を十分に笑わせた。病床の談志を見舞い、目の前で踊ってみせたというエピソード、安来節の全国大会に出て二年連続で決勝まで出たが苦杯を舐めたという話、いずれも「たっぷり」だったのだが、なぜかというと「談吉が十分早く降りてきてしまったからだ」との種明かしがあった。弟弟子をいじり、楽屋に向けて「ごめんね。ネタだからね」と詫びてみせる一幕もあって自由闊達である。

 自由闊達といえば本筋に入って話を始めたときに、「あ、一つ仕込みを忘れた」と後ろに戻って演じなおし、旦那の台詞で「頭の中で修正してうまくつなげてくれ」と言って笑わせた。このへんは噺の中で突如素に戻ることもあった談志の芸風を彷彿とさせる。ネタの「権助提灯」は、新しく妾を持った旦那の話である。本妻、妾いずれも相手を立てる。見かけ上は円満に収まっている関係なのだが、当然だが水面下で闘いは続いている。それが思わぬ形で顕在化してしまうという展開なのである。ある晩、旦那は本妻から「こんな日はあのこは一人ですから心細いでしょう、向こうに泊まってやってくださいな」と言われ、妾宅へ赴く。しかし妾は、それが本妻の差し金だと知って態度を硬化させ、お気持ちは嬉しいがそれでは女が立たない、と旦那を帰そうとするのである。お互い意地になって旦那を向こうに泊まらせようとする。旦那は気の毒に、家が二つもあるのにどちらに上がることもできずに行ったり来たりさせられる。談志はここを映画的なカット割りで演じてみせた。きりきり舞いさせられる旦那のさまが笑いを誘うのである。平林は談志演出を受け継いでテンポよく話した。

 最後の錦魚は、「この三人が揃うのは史上初のことで、今楽屋でも二回目をやろう、ということに相談がまとまりました……来世で」といきなり切り出した。枕の話題は次の談志は誰が継ぐかという話題に。三人候補がいるのだという。一人は惣領弟子である土橋亭里う馬、もう一人は最大の売れっ子である立川志の輔。そして三人目は最年少の談吉だ。おそらくは最後まで生き残るのは談吉だろうから、そのときに継ぐ可能性があるだろうという。
「もし私が生きていたら……全力で反対しますけど」
 と言って客を笑わせ、すっと「お化け長屋」に入った。

 長屋にみんなが物置のようにして使っている空き店がある。そこを借り手がつかないように、と相談がまとまり、誰が来ても追い返すから、と悪い役目を古狸とあだなされる杢兵衛が請け負うのである。杢兵衛は、昔その空き店で強盗殺人があったという話をでっちあげる。幽霊が出るから借り手がつかない、というのだが、豪胆な男がやってきてしまう。怖がらせようとする杢兵衛の演出をことごとくすかし、話にためをつけようとすると「てきぱきやれ」と茶々を入れる。この男にへこまされる、というところで「お化け長屋」の上は幕引きである。

 三席のあと、三人による鼎談会を行った。その模様は当日いらっしゃった方だけのお楽しみということで、非公開である。観客は、文字通り歴史の目撃者になっていただいたのであった。

 以降も立川流二つ目落語会は開催予定である。詳細は追って発表するので、ぜひご注目のほどを。

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 落語会の告知を一つ。
 立川談四楼が真の深夜寄席に挑む「オールナイトで談四楼」第4回は明日9日25時(つまり10日1時)からです。
 終電で来て始発で帰る大人の落語会、まだ空席はありますのでぜひお運びになってください。
 詳細、予約申し込みはこちら。
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7/5立川談慶独演会「談慶の意見だ」 「お見立て」「抜け雀」

以前から進めてきた立川談慶独演会の第一回である。先行している立川談四楼独演会は「真の深夜寄席」ということで洒落のわかる大人の社交場という意味がある。それに対しこちらは談慶さんが新しいことに挑戦していく「実験の場」だ。
 ファンを大事にする談慶さんらしく、大勢のお客が詰めかけてほぼフルハウスになった。

 以下は演目。演者はすべて立川談慶である(ここから敬称略)。

 絵手紙漫談
 お見立て

 中入り

 抜け雀

 事前告知で落語の他にもう一つ趣向がある、と謳っていたのがこの絵手紙漫談だ。談慶には絵手紙という特技があり、『談慶の意見だ』(信濃毎日新聞社)という著書もある。それを会場内のモニターにそれを一枚ずつ映写し、談慶がコメントをつけていくというもの。いわゆるフリップ芸を想像していただければいいと思う。
 今回は初めての試みということで手探り状態だったが、会場の反応もよく、これはいけるという感触をご本人も掴んだようだ。この落語会の名物になりそうなので、次回お越しいただく方はぜひ楽しみにしていただきたい。
 ちなみに会場では、絵手紙のセットも販売してみた。その一枚はこんなのである(談慶師撮影の写真を借用)。
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 中入りのときに「ASKA容疑者保釈記念です」と言ったら、よく売れた。

 さて本題の落語のほうだが、一席目は「お見立て」である。吉原には廻しという制度があり、一人の妓が一晩に複数の客をとった。均等に遊ばせてくれるわけではなく、当然客あしらいにも濃淡がある。気に入らない客であれば相手にされないこともあるわけだ。当然それには不満も生じようが、うまくしたもので文句を言うのは野暮だという殺し文句があった。金を払って振られていれば世話がないが、そういうものだったのだろう。
 ところがここに、金があって情もある客がいる。花魁の喜瀬川が「年季が明けたら夫婦になろう」と言った約束も無邪気に信じている。だがそれは真っ赤な嘘であり、当の喜瀬川はその杢兵衛大尽を蛇蝎の如く嫌っている。ある日ついに、その席に出るのが絶対に嫌だと言い出し、若い衆に適当な嘘をついて追い返してくれとだだをこね始めるのである(廻しがあるわけではなく、のんびりと煙草をふかしながらのわがままなのでなお始末が悪い)。その無理難題を担わされた若い衆が純朴だが自分の思いを遂げるまでは脇目もふらない杢兵衛大尽と花魁のわがままの間で困り果てる、という噺だ。

 本日は可愛らしい中学生のお客さんがいたもので、談慶はかなり言葉を選びながら噺に入っていった。冒頭に「これはストーカーをいかに封じるかという話だ」という演者の解釈があっての口演である。これが談慶の特徴で、自身の解釈をわかりやすく客に伝えるようにしている。師匠談志譲りの手法であるが、初めて落語を聴くようなお客にとっては、切れ目を入れて噺の構造を見せるような効果があると思うのでいいのではないか。もっともこの噺、いちばん好人物に見えるのはストーカーの汚名を着せられた杢兵衛大尽なのである。

 喜瀬川はとことん厚かましくしれっとしており、若い衆が追いつめられてどんどん疲弊していく。そのコントラストが本編の楽しみどころだろう。最後の落ちの仕込みがやや急ぎ気味に見えたが(杢兵衛大尽を連れて墓参りに行くくだりに落ちのネタを仕込むやり方なのだが、そこが少し早口であった)、他は問題なし。結構な一席であった。

 中入り後は「抜け雀」である。談志はやらなかった名人伝の一席で、五代目古今亭志ん生の得意ネタであった。東海道の小田原宿に汚い身なりをした男がやってくる。士分のようなのだが、明らかに一文無しなのである。当然宿屋の客引きは彼を無視するが、相模屋という宿屋の主が彼を招きいれてしまう(客が「わしに声をかける男がおったか。こういう(間抜けな)者が社会を下支えしておるのだな」と述懐するのがおかしい)。

 男は一文無しなのでしばらく酒ばかり飲んで暮らしている。宿屋の主は婿養子で女房に頭が上がらないのだが、ついに言い負かされて男に宿賃を貰いにいくことになる。男はそこで自分が一文無しであることを明かし、職業は画工であるので絵で支払うと言い出すのだ。そこにあった無地の衝立に五羽の雀を描き、一羽一両で五羽で五両だと宣言、自分が戻るまでこの衝立を売ってはならんと言い残して彼は上方へと向けて旅立って行った。この衝立の雀が、朝日を浴びると絵から脱け出し、外に餌をついばみに行くのである。評判を聞きつけた客によって相模屋はおおいに潤い、さらに小田原藩主までもこの衝立を見物にやってきて千両という高値をつけるに至る。そうやって左団扇で相模屋が浮かれているところに、今度は年配の男が訪れてくる。その男から相模屋は衝撃の事実をつきつけられるのだ。

 談慶が自家薬籠中のものにしている一席である。談慶の「抜け雀」は、まず相模屋がおかしい。彼はなぜか客引きをすると一文無しばかりを捕まえてしまうのである。女房曰く「うちは奇跡の旅籠って言われてるんだよ。ここ一年一文無しばかり泊めているから。それでなんとかなっているのが不思議だって」。なぜなんとかなっているのかというと、一文無したちが不思議に芸達者で、画工のように何かを残していくからである(画工の泊まった部屋の調度が一文無したちの置き土産だけで出来ている、というギャグが笑える)。この相模屋の亭主がキーマンで、画工が一文無しであったことを女房に告げるときに「あのお客はわかりやすく言うと、お客じゃなかった」とおそるおそる言ってみたり、衝立から雀が抜けだすことを近所に触れて回って「相模屋さん、ついにおかしくなっちゃった。あんなにおかみさんにやかましく言われてばかりじゃねえ」と同情されたり、おっちょこちょいで小心者で、自分の出来があまりよくないことを自覚しているという、愛すべきキャラクターである。

 さらに談慶は、この噺の隠しテーマとして「親子の情」を取り入れた。これは画期的な工夫だと思う。「自分たちに子供がないから、最近では雀たちが我が子のように感じられてきた」と相模屋が吐露するのがいい。彼は雀たちに「チュンの助」などとそれぞれ名前をつけて可愛がってもいるのだ。だからこそ後から訪れた老人に「衝撃の事実」をつきつけられると、雀たちが心配になってしかたなくなる。このエピソードが伏線となり、オリジナルの落ちにつながっていく。本来の落ちは旧くてよくわからないものだが、談慶の落ちは現代人の心の琴線にも触れるであろう、納得のいくものである。機会があれば、ぜひ聴いてみていただきたい。

 ちなみに今回わかったことが一つ。最初に登場する画工は江戸から上方へ向けて旅をしている。一文無しなので宿に泊まることもできず、おそらくは戸塚か藤沢あたりで前夜は野宿をしたのであろう(本人がそう言っている)。しかし江戸から小田原宿までは、昔の人であれば二日でたどり着くであろう距離だ。野宿をしたのも一泊きりである。つまり彼が汚いなりをしているのは旅の汚れではなくて、普段からそういう尾羽打ち枯らしたかっこうなのだ、と解釈すべきだと思う。その証拠に噺の終盤で西国から戻ってきたときは、長旅にもかかわらずぱりっとした装いなのである。そこまで疲弊した状態から長旅に出ようと決意したというのは相当のことがあったのではないかと考えられる。彼を江戸から追いやったものは何か、ということが私には気になった。

 終演後はいつもの通り宴会である。談慶さんはお客さんを大事にするので、とてもよい雰囲気の会となった。次回は9月13日(土)の開催、トリネタは「井戸の茶碗」に決定している。ぜひみなさんもお運びを。
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本日は立川談慶独演会「談慶の意見だ」開催日です!

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 今週はあんまり落語会行ってないなーと思ったけど、その欲求不満を解消させていただきます。
 トリネタは「抜け雀」。他に落語2席+αの予定ですが、談慶さんは他でお客さんがあまり見たことがない落語会をお見せしたいと意気込んでいるので、どんなことになるのか楽しみです。
 私はいつもどおり定位置の下足箱前におりますので、ご用の方はお気軽に声掛けください。

 ちなみに、レイアウトをいじればまだ当日券は出せると思います。急に予定が空いた、落語が聴きたくなった、という方は新宿五丁目ビリビリ寄席へいらしてください。

 詳細はこちら

5/30立川談慶独演会(上野広小路亭)「金明竹」「壺算」「妾馬」

隔月で開催されている立川談慶の上野広小路亭独演会に行ってきた。ぎっしりの超満員で、最近の広小路亭ではいちばんの入りだったのではないか。固定ファンが付いて、勢いが出てきている証拠だ。
 演目は以下の通り。前座の出番はなかった。

 談慶 金明竹
     壺算(ネタ下ろし)

 中入り

 談慶 妾馬

「金明竹」は与太郎噺だ。与太郎にもいろいろあるが、この与太郎は大人が常識と考えていることの裏ばかりかこうとする、なかなかに策士の与太郎である。親戚の小父さんらしき道具屋に預けられているのだが、その言いつけを守ろうとして完全にずれたことをしてしまう(というかわざとやっているようにさえ見える)というのが前半の笑いどころである。談慶はギャグの繰り返しを意識して、与太郎が何かを言うたびに「なんか悪い胸騒ぎがする」と小父さんにつぶやかせ、観客から笑いを引き出した。

 この噺の後半の主人公は与太郎ではなく、道具屋のおかみさんである。与太郎が店番をしていると上方から使いの者がやってくる。慣れない上方言葉であるうえにたいへんな早口なので、与太郎は当然理解できない。しかし、その非礼を叱って代わりに応対に出たおかみさんも、まったくそれが理解できないのである。この使者は四回繰り返して口上を述べるが、そのやり方は演者によって異なる。談慶は四回目に繰り返させるとき、文節ごとに切っておかみさんに反復させるというやり方をとった。大事な言伝てをするのだから復唱を求めるのは自然だし、それが後に笑いの仕掛けにもなるのだ。合理的である。そのあと旦那が帰ってきて、おかみさんがうろ覚えで使者の口上を再現しようとする。その内容も「渋谷でチーマーに横山やすしが刺されたんです」と支離滅裂、これはオリジナルのギャグでこの噺いちばんの爆笑となった。

 その後に続けて「壺算」へ。枕を途中で切って、立っているお客さんを呼び込むなど、一人で務める高座ならではの中断もある(これは普通前座の仕事)。それが水を差すことにならずにかえってアットホームな雰囲気を醸すことになったのは、お客の質が良かったからだろう。

「壺算」に入る前に談慶は前の「金明竹」を総括し「つまりはディスコミュニケーションの噺でして」と言った。これが今の談慶らしいところで、どの噺にも自分なりのテーマを見出し、それを骨格にして内容を再構築しようとしている。たとえば、「文七元結」であれば小博打しか能がなかった男が一世一代の大博打に挑む噺、というように。そうやって演者が自身のテーマを前面に出すことを嫌う客もいるだろうと思う。さりげなく、語らずに済ませるべきだ、というのが本来の江戸前の演出だからである。しかし、落語を成り立たせていた共通言語が失われた現在、そのくらいのわかりやすさを客に示すというのは演出の一方法としては正解なのではないか。

 よく落語について言われることの一つに、すでに失われてしまった江戸・東京文化を土台にして語る難しさというのがある。註釈を入れないと理解ができず、理解ができないがために疎遠になってしまうという悪循環があると言われているのだ。談慶はこの傾向に対して、旧来の文化とは関係ないところに普遍的なテーマを見出し、それによって時代がついてしまった部分の古臭さを解消しているように見える。談慶の師匠・談志は古今亭志ん生が落語「時そば」について「あれは一文ちょろまかす噺だ」というのを聞いて感銘を受けたと書き残している。「一文ちょろまかす」ふざけた心というのは普遍的で、時代を経てもあまり変化しない。そういうように、落語の中にある核のようなものを見出すのが志ん生は上手かったのである。それに談志は影響されたし、もちろん談慶もその姿勢を学んでいる。その伝でいえば「蛙茶番」は芝居を知らなくても「男が自分の逸物を露出したら笑える」噺だし、「明烏」は「童貞卒業物語」である。江戸・明治・大正・昭和という時代を通り越し、平成に通用する内容になるのだ。

 さて「壺算」だが、ネタ下ろしということで固まっていない部分も多かっただろう。これは一荷入りの瓶を倍の二荷入りに買い換えるように家で言われた男が、口の達者で小狡いところのある兄ィに頼り、買物に行くという話だ。兄ィの口上が詐術的に上手いので、騙される瀬戸物屋の主だけではなくて客も一瞬狐につままれたような感覚になる。弟弟子の談生は、現代人にはこの程度の詐術では通用しないだろうと、さらにロジックを複雑化させた「薄型テレビ算」を作ったが、談慶は別の部分を深化させることで独創性を出そうとした。

 中心人物は兄ィに騙される気の毒な店主である。兄ィに何かを言われるたびに納得してしまうのだが「お勘定が合ってないというあたくしの気持ちは正しいと思うんです」と理性ならぬ直感で食い下がろうとする。しかし、その努力を突き放すような新ロジックを兄ィが呈示するので、それに負けてしまうのである。後半の部分はまだまだ改良の余地ありと感じたが、店主の息子が出てくる演出は斬新でおもしろい(芋の分け前のために争っているところを兄ィに仲裁され、納得して「このおじちゃんの言うことはなんでも正しいや」と目を輝かせるのである)。「井戸の茶碗」の屑屋のような、小心で強腰な相手に振り回される人物を演じると談慶は実にいい。

 中入り後は「妾馬」である。ある長屋に掃き溜めに鶴の喩え通りの美少女がいた。行列で通りかかった大名・赤井御門守がそのお鶴を見初め、屋敷に奉公させるのである。やがて彼女はお手つきとなり、側室ではあるが男子を出生、それがお世取りとなるためお部屋様と呼ばれる身分に出世する。鶴には八五郎という兄がいたが、赤井御門守に呼び出され、屋敷にて対面を果たす。そこに至るまでの八五郎対侍社会のとんちんかんなやりとりと、殿様と直面してからの会話が眼目となる噺である。談慶の演出では、八五郎と鶴の母親(父親はすでにこの世の人ではない)が前半からよく顔を出す。演者によっては省くことのほうが多いキャラクターなのだが、これにはきちんとした意味があった。後半、殿様と対面を果たした八五郎は、母親が自分にとっての初孫なのにこの手で抱くことができないと言って泣いていると殿様に訴え、一度だけでもいいから抱かせてやってほしいとかき口説くのである。赤井御門守がそれに応じて度量の大きなところを見せるので、身分を超えた人情のつながりが生まれ、後味の良い噺になっている。この工夫のために、あえて前半では老母を登場させ、その顔を客に印象づけたのだろう。観客もよく笑い、よく泣いていた。

 ちなみにこの噺、談慶が過去に昇進をかけたトライアルを企画し、談志の前で演じて見事に轟沈した思い出の一篇であるのだとか。今であれば師匠は弟子の「妾馬」をどう評したことだろうか。

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7/5(土)18時~ 立川談慶独演会やります。
詳細はこちらで。おはやめの予約をお勧めします。
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立川流日暮里寄席・五月

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 連休明けであれやこれやしていたのですが、立川談四楼さんが中トリ、談慶さんがトリということなので仕事を仲入りにして日暮里サニーホールに駆けつけました。

本日の演目は以下の通り(これより敬称略)。

開口一番 寸志 金明竹
里う馬 十徳
談奈 勘定板
吉笑 舌打たず
談四楼 権助魚

仲入り

三四楼 ちりとてちん
左談次 宗論
談慶 井戸の茶碗

 ぱっと見てすぐわかるのは、立川流代表である土橋亭里う馬が前座の次という浅い上がりになっているのは異常事態だということです。このあとで用事があるとかで、吉笑と出番を交換してもらったのだとか。そういえば数日前、こんなツイートがありました。

 吉笑の枕によれば、携帯電話に知らない番号から着信があって、相手の言葉がよく聞き取れず「リカ」からの電話だと思い込んだのだとか。それ、故・談志だったらえらいことになってましたね。
 里う馬の次に上がった談奈は、五年前その談志が突然日暮里寄席にやってきてサプライズで上がったときも次の出番は自分だった、とぼやいて客席からおおいに同情を買う。勘定板は下ネタを綺麗に演じました。
 仲入り後の食い付きは三四楼。「1・2・3、うー、メビウス」(と指をメビウス状にひねる)のご唱和を客に要求し出したときはどうなることかと思いましたが、噺は正統派で「ちりとてちん」。眼技が良いですな。膝代わりの左談次は出てくる早々その三四楼をいじり、宗論に入っても親父が「おまえは三四楼か」と倅に突っ込むなど(宗論の倅は耶蘇教に傾倒するあまりおかしな声色を使うキャラクターなのです)、実においしく転がしておりました。

 談四楼の権助魚は少し前にも聴いていたのですが、権助が愛らしい。そして談慶は高座で七転八倒する熱演で、次第に加速がついて客席は沸きっぱなしでした。

 結構なものを見せていただいた、と感慨に耽る暇もなく帰宅してお仕事をしております。

立川談慶さんとお会いしました

そんなわけで早速立川談慶さんにお会いしてきましたよ。

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 立川談慶さんはお名前からもわかるとおり慶應義塾大学卒の落語家で、前座のころのお名前を立川ワコールといいます。あの下着会社を辞めて落語家になられたんですね。苦労の多かった修業時代のお話は、昨年出された著書『大事なことはすべて立川談志(ししょう)に教わった』に詳しいです。

 この写真は目黒区の某カフェで撮りました。談慶さんが目黒FMで「吉田木村の男塾」という番組にゲスト出演されたので(アーカイブはこちら)、その前にお時間を拝借して話を聞いていただいた次第です。

 談慶さんもBiriBiri寄席に出演されますよー。詳報をお楽しみに。